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夢の図書館新館

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-- 2005年12月02日(金) --

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『俊寛』(平家物語その十一)

☆LOHASに変身

琵琶法師によって諸国で演じられた『平家物語』は、鎌倉時代の聴き手のみならず、後の世代にとっても大きな贈り物となりました。
物語本編を楽しむばかりではなく、人気キャラクターを用いて新しい作品を生み出す楽しみも、現在放映中の大河ドラマに至るまで脈々と続いています。

源平など名のある人のことを花鳥風月に作り寄せて、
能よければ何よりもまた面白かるべし  『風姿花伝』世阿弥

共通に知られるキャラクターと背景を流用して、大きな作品世界と繋がった創作物を作り出す。室町時代に生まれた謡曲(能の歌詞)の多くは、源平説話を発展させた二次創作作品と言えます。琵琶法師の一人語りで想像するだけだったおなじみキャラクターが、能の舞台で役者の演技によって活躍する訳ですから、これはファンにとって嬉しいですよね。

特に、『平家物語』では本筋とは全く関係ない脇役なのに、江戸時代はもちろん、現代作家によっても単独で取り上げられるほど不思議な人気のあるのが、例の「鹿ヶ谷」の陰謀に加担して清盛の逆鱗に触れ、鬼界が島に流された僧・俊寛。
共に流された二人の貴族が許されて都に戻る中、ただひとり絶海の孤島に取り残され狂乱する。

僧都せん方なさに、渚にあがりたふれ臥し、をさなき者の、乳母や母なンどを慕ふやうに足摺をして、「是乗せてゆけ、具してゆけ」と、をめきさけべ共、漕行舟の習にて、跡は白波ばかり也。 『平家物語』巻第三 足摺

絶望の化身のような俊寛のエピソードは、『平家物語』の流れの中では清盛の怒りの恐ろしさを思い知らせるものでした。

室町時代に世阿弥の書いた謡曲『俊寛』は、膨大な『平家物語』のテキストの中から切り取られた情景そのままなのですが、語られる物語以上に、役者が舞台の上で演じる演技が観客の胸に悲運の男の強い印象を残したのでしょう。

続く江戸時代になるとこの切り取られた俊寛像に新解釈が展開します。
先日TVでも放映されていた歌舞伎の『俊寛』、鬼界が島にいきなり美少女キャラが登場。
一緒に流された若い貴族・成経が、島の若い海女と恋仲になると、俊寛はこの可愛いカップルを家族の様に思い、赦免された自分の代わりに彼女を成経と共に都に連れていかせるために役人を殺し、自分はただひとり孤島に残る。
うわあ、映画『カサブランカ』のボギーみたい。
誰です、こんなハードボイルドなウラ設定考えたの。
心中ドラマの巨匠、近松門左衛門です。もとは人形浄瑠璃の脚本だそうです。
以降、俊寛は惨めなだけの負け組キャラではなくなります。
美しい自然に十分な食べ物に良い女が揃えば、島の暮らしも悪くない。

現代になると、未開の地に置き去りにされ、絶望し死にかけた俊寛が、やがて大自然の中で生命力を取り戻し、健康美あふれる土人の恋人と共に、自給自足の生活に充足するという、ワイルド俊寛に大変身してしまったりしています。
これは昨今昼ドラ『真珠夫人』で復活した大衆文学の巨人、菊地寛のパワフルな俊寛。

一方、島の価値観を受け入れて淡々と暮らす冷静な俊寛は、芥川竜之介の作。
島には都のものがなんにもない、と泣く成経くんなんかほとんど、田舎暮しにはスターバックスがない、とパニくる今の都会人。
都サイドの解釈を片っ端からひっくり返し尽くす、皮肉で知的な一編です。

一体琵琶法師などと云うものは、どれもこれも我は顔に、嘘ばかりついているものなのです。が、その嘘のうまい事は、わたしでも褒めずにはいられません。(中略)たとい嘘とは云うものの、ああ云う琵琶法師の語った嘘は、きっと琥珀の中の虫のように、末代までも伝わるでしょう。 『俊寛』芥川龍之介

平安末期に島流しにあった実在の僧・俊寛が、実際は何を思いどんな生活をしたのかなど、誰も知りません。
私達が知っているのはみんな、「琥珀の中の虫のよう」な嘘。(ナルシア)


謡曲『俊寛』 作:世阿弥
人形浄瑠璃『平家女護島』二段目『俊寛』 作:近松門左衛門
『俊寛』 作:菊池寛
『俊寛』 作:芥川龍之介
(菊池・芥川の両『俊寛』は「青空文庫」http://www.aozora.gr.jp/で読めます)

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