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夢の図書館新館

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-- 2005年06月20日(月) --

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『夜のピクニック』

☆人生そのものが、「夜のピクニック」かもしれない。

私自身の中高時代には、クラスとか学年、学校という大きな単位で、濃密な時間を過ごした記憶はない。確かに体育祭とか文化祭、修学旅行とそれぞれに思い出に残るイベントはあるけれど、それに向き合う生徒たちはいつでも細分化されていて、自分たちを結びつけていたはずの大きな絆には気付くことができなかった気がする。確かに私自身の生き方も影響しているが、学校の体制としても、そういう一体感や連帯感を目的とはしていなかったのだろう。

北高鍛錬歩行祭
甲田貴子、遊佐美和子、西脇融、戸田忍。
彼らにとっては高校最後のイベント。
ただひたすらに、80キロの道を歩き続ける。
炎天下を焼かれながら、あるいは海に沈む夕日に魅入られながら、夜になればマグライトの明かりは蛍のように連綿と続き、やがて朝靄の中をただただ学校を目指して駆けていく。長い道のりではあっても、その距離に実感のない最初の頃は非日常の楽しさに浮き立つけれど、徐々につもり続ける疲労が完走すべき80キロを終わりのないもののように感じさせる。心身ともに疲労の極致で彼らは、惰性で他愛のない言葉を交わしながらやがて、それぞれの「想い」の核心へと近づいていく。

ページをめくりつつ、一緒に80キロを歩んでいると、いつの間にか彼らの人生よりも自分自身の人生を振り返っている。人生を歩き続ける苦痛を知らなかった子供の頃とか、かすかに生きることの疲れが積もりはじめた中高の頃とか。疲れの極致で言葉を失い、沈黙を、孤独を求めたり、共に歩き続ける友を求めたり。励ましたり。不本意にも重荷になってしまったり。そういう80キロを私は歩き続けて、今、一日は暮れかかり、日暮れの心もとなさとともに、沈んでいく夕日に、あらたな美しさを見いだし、心を休めているような気がする。前半よりも確実に、過酷であろう人生の後半戦に向けて。

高校生の彼らには、いろんな思いがあり、このイベントに、この高校最後のイベントに大切な事を賭けている。ずっとそれぞれの思いが80キロの道のり、連綿と続き、途切れ、交錯し、やがては再会の時に向けて、離れていくのだ。

「しまった!」これは、戸田忍の言葉。
彼は夜が与えてくれた濃密で親密な空間の中、親友西脇融に説教を始めようとする。その中の言葉。
「しまった!」という思いは、二重に私の心の叫びと重なっていく。 彼の「しまった!」という思い自体は、読書体験へと続く。 それは、子供の頃に親戚から薦められていた「ナルニア国物語」を、最近になって読み終えた時の言葉だった。

「そう。『しまった、タイミングを外した』だよ。何でこの本をもっと昔、小学校の時に読んでおかなかったんだろうって、ものすごく後悔した。せめて中学生でもいい。十代の入口で読んでおくべきだった。そうすればきっと、この本は絶対に大事な本になって、今の自分を作るための何かに成ってたはずだった。そう考えたら悔しくてたまらなくなった。…以下略(p143)」

これは私に限らず、多くの大人たちの実感だろう。それぞれの年代に、読んでおくべき本があり、私はよくその遅すぎた出会いにため息をつく。しかし、タイミングがずれたとはいえ、「書物の海」の中からその本に出会えた偶然には感謝している。そういう「しまった!」への深い共感。

そして、もう一つは、うっかりと通り過ぎてしまった大切な時代への「しまった!」という思い。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。(p22)

高校生活後一年を残して、アメリカに帰ってしまった甲田貴子と遊佐美和子の親友の言葉。何度か、二人の中で繰り返される言葉。

そういう特別なものが希薄だったことへの「しまった!」が、ほんの少し。もっと大切にしておきたかったし、そのことにあの頃、気付いておきたかった。それがあるとなしとでは、人間が違っていたかもしれない。とはいっても、私たちの学校はそういう「特別」な何かを生徒に望んでいなかったのも事実だけど。細分化された欠片の中に私たちの「特別」は濃縮されているのだろう。(そう思いませんか?Mよ。)だから、なるべくして、今の自分があるのだろう。

人生の80キロに辿り着く前に、この本に出会い、一瞬、私は立ち止まった。だから、この本との出会いとしては、タイミングは外していない。それは確信できている。(シィアル)


『夜のピクニック』 著者:恩田陸 / 出版社:新潮社2004

2003年06月20日(金) 「ファンタジーを読む」
2002年06月20日(木) 『マレー鉄道の謎』
2001年06月20日(水) 『クマのプーさんティータイムブック』

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