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夢の図書館新館

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-- 2003年09月01日(月) --

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『バルザックと小さな中国のお針子』

私が「下放」を知ったのは、そんなに前のことではない。 中国が結構好きで、中国の近現代史も、それなりには把握して いたのだから、知らなかったはずはないのだから、「下放」や「文革」を 文字以上に、意識したこともなければ、ましてや、その意味とかその時 どんなことがおこなわれたのかとか、真剣に考えを巡らせたことが なかったからだろう。

『バルザックと小さな中国のお針子』は、 その「文革」「下放」時代の物語。 文化大革命というのは、1966年から1976年の毛沢東の死去まで続いた、 中国の大規模な思想・政治闘争。 その頃、都市部の知識青年たちは、 「再教育」の名の下、強制的に農村に送られている。 それが、「下放」である。 そういえば今、思い出したけれど、ドラマ『大地の子』(原作:山崎豊子)にも、下放のシーンが描かれていたので、このドラマで(あるいは、もちろん、原作小説で)、「下放」というものを知った方も多いかもしれない。)

文化大革命のさなか、医師夫婦の息子である17歳の「僕」は、 歯科医の息子である羅(ルオ)ともども再教育のため、山奥の村に 下放された。村での生活は過酷な肉体労働の繰り返し。 やがて、二人は近くの村の仕立屋の美しい娘、小裁縫に恋をする。 禁書であるバルザックの小説を友人が隠し持っていることを知り、 小裁縫に語り聞かせ始める。

映画『小さな中国のお針子』の原作で、自ら下放を経験した、 ダイ・シージエ監督の作。 映画といえば、同じく下放を背景にした『シュウシュウの季節』を 思い出す。 映画とはいえ、これで初めて、私は「下放」を目の当たりにした。 『小さな中国のお針子』とは逆に、シュウシュウという女の子が 辺境へと送られる。 つらい日々を重ねるうちに、家に帰りたいという思いは絶望的な までに強くなり、やがては、ずるい地方役人たちの言葉に翻弄され、 家に帰るためと、自分の身体を差し出し、 最後は悲劇的な結末を選び取ってしまう。 たかだか30年くらい前のことなのに、現実にあったとは思えないほど、 残酷な政策だ。

重く哀しい、『シュウシュウの季節』と比べると、 『小さな中国のお針子』には、希望がある。 下放は確かに過酷で、読んでいても所々に影を落とすが、 『小さな中国のお針子』には、青年たちの恋心や、青春が描かれ、 シュウシュウとは対照的に、村の娘・小裁縫は、自分の人生を 選び取っていく。

そして、「本」について。 思想統制されていた当時、彼らにとって「本」は特別な宝であった。 娯楽に限らず、彼らを満たすものが何もない村の生活の中、 同じく下放されてきた青年が隠し持っていた禁書である西洋小説の数々。 危険な輝きを放ち、彼らをひきつけてやまない。 本に対する、活字に対する、自由な思想に対する、渇望。 そして、その大切な「本」が、「自由」のシンボルが、 彼らの運命を変えていくのも、ちょっと皮肉で面白い。

張藝謀(チャンイーモウ)監督や陳凱歌(チェンカイコー)監督も、 下放を経験しているという。 『バルザックと小さな中国のお針子』にせよ、『シュウシュウの季節』 にせよ、少し前の中国で何があったのか、考えてみるきっかけになった。 ほんの30年前の中国の現実である。 (シィアル)


『バルザックと小さな中国のお針子』 著者:ダイ・シージエ / 訳:新島 進 / 出版社:早川書房2002 ※映画 『小さな中国のお針子』  原題:「Balzac et la Petite Tailleuse Chinoise」  制作:2002年 フランス  監督:ダイ・シージェ  出演:ジョウ・シュン / チュン・コン / リィウ・イエ 『シュウシュウの季節』  原題:「天浴」「XIU XIU The Sent Down Girl」  制作:1998年 アメリカ  監督:ジョアン・チェン  出演:ルールー / ロプサン / ガオ・ジエ

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