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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2003年08月19日(火) --

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『タイタス・グローン』〜ゴーメンガースト三部作(その1)

伝説のゴーメンガースト、 幾世紀も存続し続けてきた巨大な城と住人達を まさに無の中からペンとインクだけで生み出した第一部こそ、 蜘蛛の巣に覆われ、梟に抱かれた、闇に輝く宝石の森。 頭を空にして、執拗なまでに念入りに描写された細部を丹念に頭の中に並べ、 文章の示す通りに慎重に彩色し、全景を整えて、 さあ御覧ください。

目の前の空間を埋める巨大な絵画の、魂が震えるほどの美しさ。 単独では必ずしも綺麗ではない、汚れた物、醜いとさえ言える物、人物、 それらの数々のオブジェが細心の注意を払って配置され、 特別に計算された照明を受けた時、 なんと繊細で陰鬱で印象深い美が生み出される事か。 しかも、この比類なき絵画は静止しているわけではありません。 息を飲むような躍動、うっとりするような優美、風変わりなテンポ、 誇張された「動き」の美しさでもゴーメンガーストシリーズは別格です。

そして各場面各場面をひたすら鑑賞しているうちに、 これはなんとした事か、極端に戯画化された容貌のうえ、 意表をつく行動で馴染みにくかった登場人物達が、 醜怪とさえ感じられた描写の更に奥の、魂の光をかいま見せてくれるようになります。 先祖伝来の不可解な因習、全てを所有する伯爵家の人々、忠実な従者達、 城周辺の貧しく誇り高い土着民達、それぞれの思いもまた積み重なり溶け合い、 じわじわと城を形づくってゆきます。 その歴史と想いの集合体を鮮烈に裂く、赤黒い一条の策略の炎。

それにしても著者のピークの目は凄い。 拡大鏡で覗いた描写からズームアウトして捕らえる世界の全てが、 一つ一つの部分は私達が現実で目にする事ができるありきたりなものから 成っているはずなのに、完成した情景は驚異的にロマンチック。 風刺的に誇張された人物描写と緻密なレイアウトの風景は、 本職の挿し絵画家としての観察力と分析力と表現力の資質が 文章にも現れたのだと言えるのでしょうし、 物語に現れるはかり知れぬ歴史と混沌と意味不明の慣習と芸術品は 著者が幼少時代に暮らした中国のイメージの反映なのだそうですが、 そうであってもこの「目」を持たぬ他の者達には、 確かに「同じような小説」を書く事は不可能でしょう。

忘れえぬ光景、忘れえぬ人々、喜劇と因習と策謀と愛情に満ちた 唯一無二のゴーメンガースト。 第七十七代グローン伯爵タイタスの誕生と同時に、 私の魂も城の中に生まれ出た。 (ナルシア)


ゴーメンガースト三部作「タイタス・グローン」「ゴーメンガースト」「タイタス・アローン」 著者:マーヴィン・ピーク / 訳:浅羽莢子 / 出版社:創元推理文庫

2002年08月19日(月) 『イングランド─ティーハウスをめぐる旅』

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