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夢の図書館新館

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-- 2002年05月31日(金) --

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『風と共に去りぬ』(その1)

☆2002年の戦争。

五月はずっと、長編歴史大河ロマン『風と共に去りぬ』 (文庫で五巻)を読み続けていた。 この年になるまで読んだことがなく、去年、家族の本を 処分するときに見つけて、取り除けておいたのだ。 洪水で浸かってしまった本のなかから、 泥水の染みは残ったがなんとか読めるものを残した。 そして残りは古書店、最後の五巻目は一般書店で求めた。 なぜこんないきさつを書くかというと、 黄ばんで角が取れ、染みだらけになった文庫本を読みながら、 きれいな本を読む以上に感慨があったからである。

同時に、そんなわけで、文庫には少なくても3回、 カヴァーの更新があったと知る。 映画のイラスト、映画からの写真、そして新しいイラスト。

あまりにも有名なこの物語の主たる舞台は、南北戦争当時の 米国南部、ジョージア州アトランタの街と、 その近郊にある、あの名高い「タラ」の地である。 私は何となくタラだけが舞台のように思い込んでいたが、 実際には、タラは精神的拠りどころであり、 スカーレット・オハラの実家の大農園(プランテーション)も ときには舞台となるのだが、ほとんどはアトランタが舞台であった。

アトランタはスカーレットと同じ歳に産声を上げたのだという。 鉄道によって拓かれた新興の活力ある都会がくぐり抜けた 怒涛と狂乱の戦争と復活。 一時は廃墟と化したアトランタの、いまの姿を見たいと思った。

日本人の私たちにとっても、すでに第一次大戦すら遠い。 1861年から始まったアメリカの南北戦争は、一般の日本人にとって、 この作品でしか知りえない戦争でもあるし、この作品と映画によって、 忘れられることのない戦争でもあるといえる。

無頼漢のレット・バトラーは、ひとつの文明が滅びるときには、 文明が隆盛するときと同じく、金儲けができるのだと説くが、 これは今現在の日本にも当て嵌められるのではないだろうか。

綿花の栽培によって膨大な富を得ていた南部の上流社会。 奴隷の労働に支えられ、そこには白人の間にも、 欧州の貴族社会にも似た階級制度があらわれ、 スカーレットはまさにその青春を、バブルの時代に過ごす。 そこから先の彼女の人生は、苦難と欺瞞の連続となるのだが、 ひとたび戦争が起こり、南部同盟の旗色が悪くなると、 経済封鎖が威力を発揮し、あれほど豊かだった南部各地で 生活物資は欠乏し、仕事などなく、 男達は貴賎を問わず戦場に取られ、北軍の略奪行為が横行し、 これまでの社会を支えてきたすべての価値観やモラルが ひっくり返ってしまう。

やがて表の戦争が南部の降伏によって終結を告げても、 荒廃した南部の復興・再建は、果てしない泥沼のなかに 遅々として進まなかった。払った犠牲はあまりにも大きかったのだ。 勝った北軍は南部を強力に支配し、抑圧された側の強烈な憎悪から クー・クラックス・クランなどのテロリスト集団が生まれる。 むしろ、再建の時代こそが、裏側で進んだ果てしなき戦争であったのだ。 なるほど、アトランタは不死鳥のように蘇ったが、 南部の人々は、大切な魂の一部を葬った。 だれひとり、その影にさらされずに済んだ者はいない。 紙くずになった南部の金と、堕ちた人間たちの間で 育ってゆく次の世代の子どもたちに、何が残るだろう。

読むにつれ、そうした社会の状況が、奇妙なほど 今の日本の置かれた状況に通じているように感じられ、 嘆息することが多かった。 南部にとっても北部にとっても、独立戦争はすでに遠く、 長く続いた平和と繁栄と浪費の果て、 あたたかい湯に浸りきっていた人々を待っていたものは、 すべてを捕らえる死の戦争の鉤爪だった。

表向きにはどうあれ、日本が今、戦時中にも似た非常事態で あることを否定できる人は少ないだろう。 たとえ、 経済の右肩上がりの発展を望まない人々であっても、 精神的なゆとりの生まれたことを喜ぶ人々にとっても、 未来の安定と平和を信じる楽観主義者でも、 何がしかの蓄えのもとに、人生で本当にやりたかったことを 選んだ人々にとってすら。 ましてや、これまでの価値観がなだれ崩れ、 明日の命運を予測すらできないほとんどの人々にとっては、 この戦争を生き抜くこと、 そして始まったのかもしれない再建の時代の苦難を、 耐えてゆくことは一層むずかしい。

いまだからこそ、思い出すべき時代を知った。 (マーズ)


『風と共に去りぬ』(1-5) 著者:マーガレット・ミッチェル / 訳:大久保康雄・竹内道之助 / 出版社:新潮文庫

2001年05月31日(木) 『はてしない物語』

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