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夢の図書館新館

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-- 2001年11月22日(木) --

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『横溝正史集/面影双紙』

──おお、それは何という奇怪な顔でありましたろうか。

「探偵小説」と申しますと、多くの方が かのヨレヨレ袴の我らが名探偵・金田一耕助の活躍する 不気味で耽美な事件の数々を思い浮かべられるのでは ありますまいか。 金田一シリーズが戦前戦後を通して 最も愛される探偵小説となったその人気の秘訣は その愛嬌のある名探偵のキャラクターに負うものなのか、 本邦怪談調のおどろおどろしい舞台設定の魔力なのか、 当時の読者にとってはリアルであり 後年の読者にとってはノスタルジックに映る 時代の雰囲気の魅力か、 それとも海外本格ミステリと較べても遜色のない トリックと論理性が評価されたのか。 いずれの点を見ても数限り無く書かれては消えて行く 凡百の探偵小説からは抜きん出てレベルが高いのは確かですが、 子供の頃の横溝ブームの時は気がつかなかったある点が 実は思っていたよりも重要だったのではないかと 後になって思うようになりました。

そのある点というのは。 ひどく単純な事なのですが。 横溝氏の文章は「読み易い」という事。 絢爛たる世界を構築するのに 言葉を華麗に過剰に飾り立てるのではなく、 対象をはっきりと平易に表現して、 作者の思い描く光景をそのまますとんと 読者の脳裏に映してしまうような、そんな文体です。 内容を理解できるかどうかを別にすれば 子供でも読む事ができます。 いや、大きな声では言えませんが 現に私は小学生の頃親の本をこっそり拝借して 『獄門島』や『悪魔の手鞠歌』を読んでいました。 平易に書く、という事は簡単なようで実は難しい。 着想や論理の点においては勝るとも劣らぬと思われる 数多くのミステリが生まれては次々と忘れられて行きますが、 それは設定が非現実的だとか人間が書けていないだとか そんな事が第一の問題点なのではないと思います。 最も大きな理由は「文章がヘタ」な事。 エンタテインメントとして楽しむためには やはり読者のストレスにならない程度の文章力は必要です。 巨匠横溝氏とて、同じ題材同じキャラクタ同じトリックでも、 持って回った読みにくい文章の書き手だったらこれ程の 長期に渡る人気は保てなかった事でしょう。

この短編集は金田一さん誕生前、 戦前『新青年』などに発表された 横溝氏の幻想耽美的作品集です。 初期の怪談から、肺を病んで熱に苦しみ 療養生活の無聊をかこちながら紡ぎ出された浪漫的作品、 本格探偵物まであと一歩の論理的決着のある怪異譚まで、 月明かりが照らし出す血塗られた古風な犯罪が、 如何に平成の読者の目前に繰り広げられるのか。 やっぱりねえ。後世に残る作家は秘かに文章が上手い。 (ナルシア)


『横溝正史集/面影双紙』 著者:横溝正史 / 出版社:ちくま文庫

2000年11月22日(水) 『フラワー・フェスティバル』

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