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夢の図書館新館

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-- 2001年11月16日(金) --

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『ベクター』

手紙を開封した男は肺炭疽で死亡した。 細粒に粉砕した芽胞に粉末を混ぜて飛散性を高めた 生物兵器としての炭疽菌が、アメリカへの復讐の牙となる。

知っています。 そんな事はとうに去年の夏に知っていた。 アメリカ国内の白人至上主義団体に資金提供を受け、 旧ソ連の細菌工場の元作業員が自宅の地下室で 一人もくもくと兵器となる炭疽菌を作っている。 最初『ベクター』というタイトルを見て 病原菌細胞にベクター(運び屋)を入れて 遺伝子を組み換えて治療不可の菌を 作る話かと思って買ったのですが、 この小説の「ベクター(媒介)」はアメリカ内部に 生物テロを巻き起こそうとする男でした。

数多くの医学サスペンスで人気のロビン・クックの作品は、 医学知識に基づいた事件の迫力は他の追随を許しませんが、 エンターテインメントに仕立てるための ハリウッド映画的アクションがどうもいつも 余分だなあ、と感じていました。 本作でも優秀な監察医が自転車カーチェイスを繰り広げたり、 容疑者を探し当てて踏み込んだりするのですが、 実際には彼の骨折りで事態の進行を止める事は出来ません。

地に足がついていてごく内輪で準備できるが故に 失敗の可能性の少ない大規模テロの企みは ヒ−ロ−一人の活躍のリアリティを否定してしまう 地道な説得力があります。 出版されたばかりの『ベクター』を読んだ2000年の夏、 「これなら私でもできる」と思いました。 芽胞粒子を砕く装置はないけれど、培養だけならば容易に。 マニュアルを書いておいてくれればそれこそ誰にだって。 多分何万人もの人間が同じ様に思ったのです。

ラストシーン、とりあえず危機を脱したニューヨークで 主人公が言います。 「いまごろ、マンハッタンの南地区のあたりで パニック状態になっていることを思うとぞっとする」

なったんですよ。そっちは炭疽菌ではなかったけれど。 国内に満ちる国家に対する不満も、 悪意を実現するための手段の数々も、 以前から様々なメディアで警告が与えられていながら、 世界一の国家は結局これ程無防備なものだったのか。 (ナルシア)


『ベクター』 著者:ロビン・クック / 訳:林 克己 / 出版社:ハヤカワ文庫2000

2000年11月16日(木) 『夢のかたち』その2

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