| 2005年08月30日(火) |
歌のおにいさん(9) |
ある程度ギターが弾けるようになってから、ぼくは初めて学校にギターを持っていった。 そして、弾き語りできる歌だけを歌った。 だが、下手くそだったから、誰も見向きもしてくれなかった。 いや、たった一人だけいちおう聞いてくれた人がいた。
その一人とは、『月夜待』の君である。 しかし、彼女にぼくの弾き語りを聞かせたのは、これが最初で最後だった。 それ以降、作詞作曲に目覚めたぼくは、彼女に対する歌を数多く作っていくことになるのだが、一度もそれらの歌を彼女に聞かせたことがないのだ。
今、ホームページで『歌のおにいさん』というコーナーを作り、歌を発表しているのも、あわよくば彼女が聞いてくれるかもしれないという小さな期待を持っているからだ。 もしそういうものがなかったら、こんな恥ずかしいことをするわけがない。 せめて『月夜待』だけでも聞いて欲しいものである。 ところが、困ったことに、『月夜待』の君は自分が『月夜待』の君だということを知らないのだ。 もし、再会してぼくが教えない限り、一生わからないままかもしれない。 それを思うと、何かむなしい。
さて、1年の春休みに、ぼくは家にこもってギターの特訓をやった。 そのおかげで、アルペジオなど難しいことさえやらなければ、何とか拓郎の歌を弾けるようになった。 それに伴って歌の練習もやったから、けっこう高音が出るようになった。 その1年前は低音で歌っていたのだから、大きな進歩である。 ぼくは今でも、しゃべる声より歌う声のほうが高く、びっくりされることがあるのだが、それはこの時の練習のせいである。
2年になった。 その頃にはギターがないと歌わないようになっていたから、1年の時のような教室ライブはやらなくなった。 ただ、1年の時の癖で、授業中には歌を歌っていたようだ。 ぼくは気がつかなかったのだが、ぼくの席の周りの女子がそれを気づいて、「しんた君、授業中に歌いよったやろ」と言ってきた。 最初は何のことを言っているのかわからずに、「この女、何を言いよるんかのう」などと思っていたが、それを言われてから、ようやく自分でもわかるようになった。 勝手に口が動いているのだ。 しかし、ぼくはその癖を直そうとはしなかった。
ところで、2年のクラスには『初恋』の君がいた。 が、すでに『月夜待』の君に心を奪われていたぼくは、『初恋』の君に何の関心も持たなかった。 それゆえに、高校2年時、彼女のために歌おうなどとは、まったく思わなかった。 「あの頃よりは、歌が上手くなったぞ」とか「ギターが弾けるようになったんぞ」とかいう思いは、心のどこにもなかった。 2年前、あれほど思い悩んだのが嘘のようである。
しかし、考えてみたら、その人のおかげで歌を歌うことを覚えたのだ。 ということで、『初恋』という歌は、そのお礼ということにしておこう。
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