前の会社にKさんという方がいた。 変わり種の面白い人だった。 ある時期、そのKさんが、手当たり次第に保険に入りだしたことがあった。 誰もが、「Kさん、保険なんかに興味を持ってなかったのに、何でまた…」と言っていたものだった。
それから数ヶ月たったある日のこと。 Kさんが救急車で、病院に運ばれたという連絡が入った。 何でも、Kさんが家で出かける準備をしている時に、突然倒れたというのだ。 その後、再び連絡が入って、過労という診断だったらしく、一週間ほどで退院できるということだった。
それから数日後。 Kさんは、「せっかく入院したんだから、ついでに持病の検査もしてもらったら?」という家族の言葉に促され、検査をしてもらうことにした。 ところが、その持病の部分に癌腫が見つかったのだ。 さっそく手術を受けることになり、当然入院期間は延長となり、退院したのは、それから3週間後だった。
Kさんが入院していた時に、ある人が言った。 「あいつ、前に手当たり次第に保険に入っていたけど、何か虫の知らせのようなものがあったんかも知れんのう」 そうだった。 Kさんが、その数ヶ月前に多くの保険に入っていたことを、誰もがすっかり忘れていたのだ。 退院後、Kさんに多額の保険金が入ってきたことは、言うまでもない。 Kさんはその保険金で、家のローンを完済させたということだった。 あれから十数年たつが、癌の再発などもなく、Kさんは今も元気である。
さて、Kさんはどうして多くの保険の契約をする気になったのだろうか? 退院してから何年か後に、その『虫の知らせ』について、Kさん本人に尋ねたことがある。 「うーん。自分でもよくわからんっちゃ。なぜか、あの時そういう気分になってね」ということだった。
ところで、こういう場合、虫の知らせというのが妥当なのだろうか。 『虫の知らせ』 この言葉を辞書で調べてみると、 「何の根拠もないのに、よくない出来事が起こりそうだと心に感ずること」(goo辞書より) 、とある。 まあ、仮にKさんが死んでいたら、そう言ってもいいだろうが、その後のKさんは、多額の保険金が入ってくるし、健康にもなったわけだ。 だから、別によくない出来事ではないだろう。
では、こういう時、どう言ったら適切なのだろうか? 『先見の明があった』というのが妥当なのか? いや、それなら、急に入りたい気分になる以前から、保険に入っていただろう。 考えてみると、これは学生時代によく聞いた、「この問題が出るような気がして勉強したら、ズバリ出とった」というのによく似ている。 そう、『試験のヤマ』が当たったというやつである。 つまり、Kさんは『人生のヤマ』を当てたわけだ。 何となくうらやましく思う。 ぼくは、どんな小さな『人生のヤマ』も、当てたことがないのだから。
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