午前中のことである。 売場に立っていると、他の部門のパートさんから、すぐに来てほしいという連絡が入った。 「どうしたんだろう?」と思い、その売場に行ってみると、パートさんが困った顔をしてぼくのところに寄ってきた。 「どうしたん?」 「お客さんが、エンジンをかけようとしてキーを回した時に、キーが根元から折れたらしいんです」 「えっ、折れた?」 「はい」 「で、エンジンはかかったと?」 「いいえ。運転できないで困っているらしいんです」 「そりゃそうやろね」
ぼくは、車のことはまったくと言っていいほど疎いので、そういう場合どこに連絡していいのかもわからない。 そこで、車に詳しい人に助けを求めた。 ところが、その人も鍵のほうは知らないという。 「どうしようか?」と迷ったあげく、ぼくは知り合いの修理屋さんに電話をかけた。
「・・・、ということなんですよ」 「それは困ったねえ」 「誰かいい鍵屋さん知りませんか?」 「うちが取引している鍵屋さんがあるけ、そちらに頼んでみようかね」 「お願いします」 ということで、鍵屋さんに来てもらうことになった。
20分ほどして鍵屋さんはやって来た。 事情を話した後、失礼にも「取り出せるんですか?」と聞いてみた。 鍵屋さんは笑って、「まあ、やってみらんとわからんです」と言った。 その表情には、余裕が漂っていた。
鍵穴に鍵を突っ込んで、その根元が折れたとあっては、もうどうしようもないだろう。 ぼくの常識では、そういうものを直すということは不可能である。 シリンダを割って取り出すしか、方法はないじゃないか。 もしそれで取り出せたとしても、もうそのシリンダは使い物にならないだろう。 「ということは、鍵ごと交換するしかないか。これは高くつくぞ」
ところがである。 それからしばらくして、鍵屋さんは戻ってきた。 「やっぱり出来なかったんかなあ」などと思ていると、「はい」と何かをぼくに手渡した。 見てみると、何と、折れたキーの根元とその先の部分ではないか。 「ええっ!? 取れたんですか?」 「ちょっと難航したけど、何とか」 「おおーっ」 ぼくは息を呑んだ。 「凄いですねえ」 「ははは…」 鍵屋さんはこともなげに笑って、帰って行った。
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