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2004年03月28日(日) 浅草の想い出(後)

先にも書いたが、ぼくは東京にいた頃、毎月1回以上は浅草に行っていた。
あれは、夏の帰省前のことだった。

いつものように浅草に行き、お参りをすませた後で、境内をブラブラしていた。
前の日に、ぼくは帰る仕度をするために徹夜をした。
その疲れが、境内をぶらついている時にどっと出たのだ。
どこか喫茶店にでも入ろうかと思ったが、手持ちは帰りの電車代くらいしかない。
しかたなく、浅草寺本堂裏のベンチに腰掛けた。
そこでボーッとしていた時だった。
前の方から初老のおじさんが、笑いながらぼくに近づいてきた。
えらく人なつっこく笑うので、一瞬「知り合いかな」と思ったほどだった。
が、浅草に知り合いはいない。

おじさんはぼくの前に立つと、「こんにちは」と言った。
そこでぼくも「こんにちは」と言った。
「いい天気ですねえ」
「はあ、いい天気ですね」
「ちょっと横に腰掛けてもいいですか?」
「どうぞ」と、一人でベンチの真ん中に座っていたぼくは、場所を空けた。

「どちらから、来られましたか?」
「八幡からです」
「ああ、八幡ですか。製鉄の」
「はい」
「観光か何かで?」
「いえ、今はこちらに住んでいるんです。今度帰省するんで、観音さんに参っておこうと思って」
「ほう、それはいい心がけですねえ」
「はは…」

しばらく語っていたのだが、話は長くは続くことなく、そのまま途切れてしまった。
時計を見ると、もう夕方の4時を過ぎている。
そこで、『さて、そろそろ帰ろうかな』と思い、立ち上がろうとした。

その時だった。
おじさんが、急に手を伸ばしてきて、ぼくの股間をつかんだのだ。
あまりに突然のことだったので、何がなんだかわからなかった。
が、ようやく事態を理解したぼくは、おじさんをキッと睨み付けた。
するとおじさんは、平然とした顔で「なかなか大きいですな」と言う。
実は、おじさんがつかんだのは、ぼくの一物ではなく、座った時に出来るジーンズの膨らみ部分だった。
局部には触られてはいないものの、この画は様にならない。

「やめて下さい!」
ぼくがそう言うと、おじさんはニヤニヤしながら「まあまあ」と言い、鼻息を強めた。
『これはまずい』と本能的に思ったぼくは、おじさんの腕を逆手に取り、股間から外した。
ぼくの力が強かったためだろうか、おじさんは腕を押さえていた。
もちろん、二度目のチャレンジはしてこなかった。

「ふざけるなっ!」と言い捨てて、ぼくはその場を立ち去った。
その際に、おじさんは小声で、「気をつけて帰りなさいよ」と言った。
その言葉にカチンと来た。
が、ぼくは振り返らずに歩いた。
少し離れたところまで行き、おじさんのほうを見てみると、すでにおじさんはいなかった。
「懲りて帰ったか」と思っていると、何と横のベンチに座っているではないか。
おじさんの横には、男の人がいた。
いかにもひ弱そうに見える、小柄な男だった。


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