頑張る40代!plus

2004年03月27日(土) 浅草の想い出(前)

神保町はともかく、ぼくが浅草に行くのにはわけがある。
26年前、東京に出る時に、居合道場の先生から、「東京に行ったら、まず浅草の観音さんにお参りしなさい」と言われた。
その道場には観音像が祭ってあった。
ぼくは中学の頃に、その道場に入門したのだが、入門した頃からずっと観音像の由来を先生に聞かされていた。
先生は支那事変の時に徴兵された際、浅草の観音様にお参りに行ったそうだ。
それが功を奏してかどうかはわからないが、大陸で敵弾にあたり負傷した際、夢枕に観音様が立ち、処方箋を与えてくれたという。
それ以来先生は、観音様へのお参りを欠かしたことがないということだった。

いわゆる観音霊験記である。
しかし、ぼくはその話を聞いて、素直に信じてしまった。
だから、東京に出たその日に、浅草寺に行っている。
浅草寺との縁は、その時から始まったわけだ。
その後、北九州に引き上げるまで、毎月一回以上は浅草寺参りをやっていた。

で、何かいいことがあったのかというと、そうではない。
ぼくは、別にそういうことを期待して、お参りしていたわけではない。
ぼくが浅草寺参りをした理由は、他にある。
確かに、霊験なるものを体験したいという気持ちを持っていた。
しかし、それは最初の頃だけのことだった。
浅草に通っているうちに、だんだんそういう気持ちは薄らいでいった。
そういう不思議体験よりも、もっといい体験ができたからだ。
それは、そこに行くことで嫌なことが忘れられる、ということだった。
浅草寺で観音様を拝んでいるうちに、人間関係や貧乏生活などでくさくさした気持ちが、いっぺんで吹き飛んだのだった。
これこそ、本当の意味の霊験ではないだろうか。
言い換えれば、ぼくにとっての浅草寺は、ちょっといい気持ちになれる場所、ということになる。

ところで、ぼくは浅草に行っても、浅草寺以外に行くところはなかった。
地下鉄を降りたら、すぐさま雷門にむかい、仲見世を通って、浅草寺の境内に入った。
観音様を拝み、境内を少しブラブラし、来た道を戻った。
浅草の滞在時間は、平均すると30分くらいだった。
そんなわけだから、もし人から「浅草に何か想い出があるのか?」と尋ねられても、「浅草寺に行って、拝んで、すぐに帰りました」としか答えられないだろう。

ん?
何か忘れているような気がする。
・・・・・
ああ、思い出した。
そういえば、一つだけ強烈な想い出を持っていた。


 < 過去  INDEX  未来 >


しろげしんた [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加