神保町はともかく、ぼくが浅草に行くのにはわけがある。 26年前、東京に出る時に、居合道場の先生から、「東京に行ったら、まず浅草の観音さんにお参りしなさい」と言われた。 その道場には観音像が祭ってあった。 ぼくは中学の頃に、その道場に入門したのだが、入門した頃からずっと観音像の由来を先生に聞かされていた。 先生は支那事変の時に徴兵された際、浅草の観音様にお参りに行ったそうだ。 それが功を奏してかどうかはわからないが、大陸で敵弾にあたり負傷した際、夢枕に観音様が立ち、処方箋を与えてくれたという。 それ以来先生は、観音様へのお参りを欠かしたことがないということだった。
いわゆる観音霊験記である。 しかし、ぼくはその話を聞いて、素直に信じてしまった。 だから、東京に出たその日に、浅草寺に行っている。 浅草寺との縁は、その時から始まったわけだ。 その後、北九州に引き上げるまで、毎月一回以上は浅草寺参りをやっていた。
で、何かいいことがあったのかというと、そうではない。 ぼくは、別にそういうことを期待して、お参りしていたわけではない。 ぼくが浅草寺参りをした理由は、他にある。 確かに、霊験なるものを体験したいという気持ちを持っていた。 しかし、それは最初の頃だけのことだった。 浅草に通っているうちに、だんだんそういう気持ちは薄らいでいった。 そういう不思議体験よりも、もっといい体験ができたからだ。 それは、そこに行くことで嫌なことが忘れられる、ということだった。 浅草寺で観音様を拝んでいるうちに、人間関係や貧乏生活などでくさくさした気持ちが、いっぺんで吹き飛んだのだった。 これこそ、本当の意味の霊験ではないだろうか。 言い換えれば、ぼくにとっての浅草寺は、ちょっといい気持ちになれる場所、ということになる。
ところで、ぼくは浅草に行っても、浅草寺以外に行くところはなかった。 地下鉄を降りたら、すぐさま雷門にむかい、仲見世を通って、浅草寺の境内に入った。 観音様を拝み、境内を少しブラブラし、来た道を戻った。 浅草の滞在時間は、平均すると30分くらいだった。 そんなわけだから、もし人から「浅草に何か想い出があるのか?」と尋ねられても、「浅草寺に行って、拝んで、すぐに帰りました」としか答えられないだろう。
ん? 何か忘れているような気がする。 ・・・・・ ああ、思い出した。 そういえば、一つだけ強烈な想い出を持っていた。
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