【8時40分】 いつもより早く出勤した。 もちろん渋滞を恐れてのこともあったし、木曜日は商品の搬入日であるからだ。 ラジオでは「北九州地区を除く福岡県全域の西鉄バスは運休」と言っている。 これは、北九州地区が県内で一番東側に位置しているので、雨風による影響が他の地域に比べるとまだ少ないためである。 しかし、台風が東に向かっている以上、ほどなくこちらも交通機関はストップするだろう。 そう思って車を進めて行った。
渋滞はまったくなく、車の数は普段より少ないくらいだった。 ところが、今日はタイミングが悪かった。 途中信号で何度も捕まった。 結局、通勤時間はいつもと変らなかった。
【9時20分】 会社に着き、「さてテレビで台風情報でも見ようか」と思った矢先のことである。 店長がぼくを呼んだ。 『何だろう?』と思い、事務所に行ってみると、店長が「今日からの売出価格のデータが全部飛んだんよね。リスト持ってきて、打ち直してくれん」と言う。 「えっ!」 台風情報どころの話ではない。 100件近いデータを、開店の10時までに入れ込んでしまわなければならない。 開店までじっくりと台風情報を見ようというぼくの計画は、そこで吹き飛んでしまった。
【11時】 こういう天気なので客足は悪いと思っていたが、案に違い、かなりの人出だった。 そのため、開店から接客に追われ、なかなか台風情報を見る暇がなかった。 台風情報にたどり着いたのは、まもなく11時になろうという時だった。 見ると、北九州の交通機関はすべてストップしている。 台風は、長崎の五島列島を通過したとのことだった。 しばらく台風情報を見た後で、ぼくは外の状況を見に行った。 「始まった!」 大雨である。 街が白く濁っている。 思わずぼくは、店の外に出た。 大雨を体感したかったのである。 雨がぼくの体を濡らしていく。 ところが、雨の勢いとは裏腹に、雨の粒が細かいのだ。 「ドドー」という滝のような雨ではない。 ただの「ザーザー」雨が激しく降っているだけだ。 「まだまだやなあ」と思いながら、ぼくは店の中に入った。
【13時】 それからしばらくして雨は小降りになった。 風もそこまで強くない。 台風情報を見ると、福岡市の状況が映し出されていた。 「えっ!?」 何と、通行人の傘が吹き飛ばされているではないか。 しかも、強風で沿道の樹木が倒れたと言っている。 それに比べて、こちらは何だ!? 風は強くなっているものの、樹木の上の方が揺れているだけである。
【13時40分】 ついにやってきた。 沿道の樹木がかなり強く揺れている。 再びぼくは外に出てみた。 「おおーー!!」 体ごと持って行かれそうな風である。 地面の砂が吹き上げて、ぼくの顔を殴りつける。 久しぶりの感触である。 ぼくは必死でこの風を受け止めようとした。 が、風の勢いは強く、2,3歩退いた。 もう一度、ぼくはチャレンジした。 しかし、あいかわらず風がぼくの体を持って行く。 その体感を楽しんでいると、店の窓から店長の声がした。 「あんた、何しよるんね」 「風と闘っています」 店長はあきれて笑っていた。
風の状況を説明しようと売場に戻った時だった。 正面玄関のドアが開き、空のカートが2台、店の中に飛ばされてきた。 カートは10メートルほど店の中を走ったあと、静に停まった。 こんな面白い光景にお目にかかれるとは、さすが台風である。
その時だった。 「男子従業員は店頭に集合」という店内放送が入った。 行ってみると、エクステリアのひさしが落ちている。 風でひさしを支えているフレームが折れたのだ。 いよいよすごい風になった。 この機を逃すものかと、ぼくは2階の屋上駐車場に駆け上がった。 そして、風を受け止めた。 1階の差ではない。 かなり強い風である。
そこでぼくは、一つの実験をした。 それは垂直跳びである。 跳び上がって、元の位置に戻れるかどうか確かめたかったのだ。 やってみると、50センチほど先に着地した。 風に押されている、いや飛ばされているのだ。 何度やっても、同じ結果になる。 快感だった。
【午後3時40分】 風は収まり、真っ青な夏空が広がった。 暑い。 今の季節が夏だということを、改めて思い知らされた。 台風はすでに山口県沖に移動し、日本海に抜けたという。 交通機関は徐々に回復に向かっている。 ようやく祭りは終わった。
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