| 2003年05月26日(月) |
あまり嬉しくない後輩たち 後編 |
「しばらくこちらを離れていたもんで、こちらの人の顔を忘れてましたよ」 「離れていた? どこにおったと?」 「いやー、ちょっと遠いところに。ははは」 ちょっと遠いところ、こういう人たちの言う『遠いところ』といえば、相場が知れている。 中学時代の後輩とはいえ、どうもこの手の人間は苦手である。 おまけに『遠いところ』に行っていたなどという話を聞かされたものだから、こちらの気は乗らない。 にもかかわらず、彼の話は終わらない。 最後には相づちを打つだけになっていた。 およそ30分後、彼は「じゃあ、またきまーす」と言って帰っていった。
「あいつ今何をやっているんだろう?」という疑問を持ったぼくは、ローン用紙に書かれている職業欄を見た。 「やっぱり…」 彼は自動車金融の社長をやっていた。
それから彼は、ちょくちょく顔を見せるようになった。 最初こそ一人で来ていたのだが、その後はいつも若い衆を連れていた。 ガラの悪い兄ちゃんが「しんたさんですか?」とやってきた。 「そうですけど」 「あの、社長が下で待ってますから、来てもらえませんか?」 「社長?」 「はい」 とりあえず下に行ってみると、彼がいすに座っていた。 「しんたさん、忙しいところすいませんねえ。いや、今日はこの商品を買おうと思いましてね。何も言わずに帰ろうと思ったんですけど、いちおう来たことだけ報告しておこうと思いまして。ははは」 要はまけてくれと言っているのだ。 ぼくは、その商品の担当者に、値引いてくれと頼んだ。
「ああ、この値段でいいらしいよ」 「しんたさん、すいませんねえ。そういうつもりじゃなかったんですけど。ははは」 そういうつもりである。 「ところで、これ車に乗るかなあ」 「車、どこに停めとると?」 「ちょっと大きな車なんで、路上に停めてるんですけど」 行ってみると、なるほど大きな車が停まっている。 車幅の広い外車であった。 「ははは、すいませねえ。こんな車しかなくて」 「・・・」
その後も、何度か彼は『こんな車』で登場した。 店に来ると、いつもぼくを呼んだ。 ま、考えてみると、彼は身なりこそ変だが、誰に迷惑をかけるわけではなく、来ると必ず買い物をするし、しかも金払いもいい。 いわば上得意である。 しかし、ぼくは嫌だった。 来るのは勝手だが、ぼくを呼ばないでくれ、と思っていた。 来るのは勝手だが、ガラの悪い取り巻きを連れてくるな、と思っていた。 来るのは勝手だが、その下品な笑い声はやめてくれ、と思っていた。
それから2ヶ月ほどして、彼はパッタリと来なくなった。 来なければ来ないで結構なことなのだが、それまで頻繁に来ていたので、なぜか彼のことが気になった。 それから、ぼくがその会社を辞めるまで、彼は店に来ることはなかった。 もしかしたら、また『遠いところ』に行ったのかもしれない。
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