『花』 小学生の頃だった。 家に帰ると、近所の中学生の兄ちゃんが母を訪ねて来ていた。 その兄ちゃんとうちの母親との接点を探したのだが、どうも見あたらない。 何しに来たんだろうと思っていると、兄ちゃんは急に鼻歌を歌い出した。 母は「ふん、ふん」と言ってうなずいて聞いている。 「この歌なんですけど」 「その歌ねえ・・。曲名を聞かれても、すぐには出てこんね」 しばらく母は考え込んでいた。 「“春のうららの、隅田川・・”やったよねえ」 「そうです。そんな歌詞でした」 「・・、ああ、それは『花』よ。たしか滝廉太郎の曲だったと思うけど。」 「そうです。滝廉太郎だと言ってました。そうか『花』か。わかりました。ありがとうございました」 そう言って兄ちゃんは帰って行った。 「あの兄ちゃん、何しに来たと?」 「学校の宿題か何かやろうね。突然『曲名がわからんけ教えてください』と言ってきたんよ」 「そんなこと自分の親に聞けばいいのにねえ」 しかし、宿題とすれば変である。 兄ちゃんの先生は鼻歌を歌って、「この曲名は何か、調べてこい」とでも言ったのだろうか。 すぐに曲を覚えられる人ならいいだろうけど、ぼくなんか一度聞いても覚えられないので、もしこんな宿題を出されたら困ったことになっていた。
この歌は中学に入ってすぐに習った。 宿題は出なかったものの、この歌の歌唱テストがあった。 二人一組になり、この歌をハモれというのだ。 それまで音楽で習った歌で、ハモるようなものがなかったので戸惑ってしまった。 相手につられないように歌わなくてはならない上に、この歌の副旋律は2番と3番で若干曲が違う。 主旋律で歌うならともかく、副旋律だととうてい歌えそうにない。 できたら主旋律の方に回りたかった。 しかし音楽の神様は、ぼくに試練を与えた。 何とか副旋律が歌えるようになったものの、いざハモってみるとどうしても相手につられてしまう。 結局練習で一度もハモれないまま、テストを受けることになった。 テストの途中に、ぼくは音をはずしてしまった。 それを気にせずに、そのまま流していればよかったものを、そのはずし方が我ながらおかしくて、思わず吹き出してしまった。 相手もそれにつられて笑い出してしまった。 何度かやり直しをさせられたのだが、うまくいかず、あまりいい点をもらえなかった。 しかも、先生からは「やる気なし」と叱られるわ、相方からは「しんたが笑うけたい!」となじられるわで、もう散々だった。 ちなみに、ぼくがバンドに走らず、ワンマンで歌をやっていた理由は、ハモりがだめだったからである。
唱歌に関しては、いろいろと思い入れがあるが、『花』一曲でこれだけ長くなってしまう。 このテーマは、また別の機会に改めて書くことにします。
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