朝、突然携帯電話が鳴った。 「もしもし」 男性の声だった。 「はい」 「ヤマダタケシさんですか!?」 「違いますけど」 「えっ、ヤマダタケシさんじゃない!?」 「ええ」 「電話番号言ってくれませんか!?」 「090・・・・」 「はー、ヤマダタケシさんじゃない。そうですか!わかりました!! ガチャッ」 失礼な電話である。 周りにお客さんがいなかったら、文句を言っていただろう。 携帯使い出してから、こんな不愉快な電話は初めてだった。 こういう場合、相手を確かめる前に、まず自分の素性を明かすべきだ。 電話番号を聞く前に、「すいませんが」がない。 語尾に力を入れるな。 ため息をつくな。 最後は「申し訳ありません」だろうが。 こんな奴からの電話なら、仮にぼくがヤマダタケシであったとしても、「違います」と言うだろう。 どうせろくな電話ではないはずだ。
間違い電話の場合、相手に電話番号を確認することはよくあることである。 その時は、「申し訳ありませんが、よろしかったらそちらの電話番号を教えていただけませんでしょうか?」と言うのが礼儀である。 ぶっきらぼうに「・・言ってくれませんか!」と言われたら、誰でも頭にくるだろう。 しかも、間違い電話をかけているのは、そちらのほうなのだ。
ぼくの家に電話がきたのは、小学6年生の時だった。 たぶん覚えやすい番号だからだと思うが、その頃から、よく間違い電話がかかっていた。 その中に、今でも忘れない、最悪の間違い電話がある。 それは、ぼくが中学1年の時だった。 「もしもし」 女の子の声だった。 「はい」 「○○さんのお宅ですか?」 「いいえ違いますけど」 「あ、すいません。間違えました」 受話器を置くと、また電話がかかった。 「もしもし」 「はい」 「○○さんのお宅ですか?」 「いいえ違いますけど」 「おかしいなあ。・・・すいません」 それから、またすぐに電話がかかった。 さっきの人である。 「もしもし」 「はい」 「あ、違う」 「また違ったみたいですね」 「あのう」 「は?」 「どうして出るんですか?」 「え? 電話が鳴るから出たんですけど」 「出ないで下さい」 「『出ないです下さい』と言われても、電話が鳴るから出ないわけいかないでしょうが」 「じゃあ、お金返して下さい」 「あんたねえ、自分が間違ってかけてるくせに、そんな言い方ないでしょ」 「あなたが出るから、私30円も損したんですよ」 「そんなこと知りません」 「お金返してください」 「そんなにお金が欲しけりゃ、ここまで取りに来て下さい!」 「・・・、ガチャッ」 間違い電話、つまり迷惑電話の一つである。 どうして、迷惑をかけられたほうがお金を払う必要があるのだろう? やくざに絡まれているようなものである。
さすがにこういう電話は、これが最初で最後である。 しかし、相変わらずうちには間違い電話がかかる。 何年か前だったが、よく留守番電話に、「毎日新聞ですか?」という電話が入っていた。 「毎日新聞さんですか?今日の朝刊がまだきてないんですけど」 「毎日新聞、止めたいんですけど」 「毎日新聞ですか?集金に来て下さい」 「毎日新聞さん、読売はもっといいものくれると言ってましたよ〜」 最初のうちは、こちらから毎日新聞に電話して、「こういう電話がうちに入りました」と言っていたのだが、ほとんど毎日なので、ぼくは留守番電話のメッセージを変えた。 『はい、しろげです。ただいま留守にしています。御用の方は、ピーという音の後にご用件を入れて下さい。なお、こちらは毎日新聞ではありません。もちろん、取次ぎもいたしません。それでよろしかったら、入れて下さい。ピー』 このメッセージに変えてからは、さすがに間違い電話はなくなった。 しかし、中に「朝日ですか?」という人が、一人だけいた。
|