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いぬぶし秀一の激辛活動日誌
by いぬぶし秀一
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■拝啓 民主党小沢代表 (産経新聞社 正論10月号より)NO2
■小沢イズム実践者としての私の矜恃
自由党解党を受け継承党を立ち上げ
さて、かく言う私も、平成15年9月の解党、そして民主党への合流では、あなたにはついていきませんでしたから、その意味では保守党の人々と同罪と思われるかもしれません。しかし、小沢さん、私は、例え地方議員であっても「政治家」はステイツマンであるべきだ、と信じています。自らの信念を捨て、票や権力に迎合すべきではないと思っているのです。
民主党と合流した理由は「政権交代」という大儀のため、小異には目をつぶるということでしょう。しかし、私には、「地方から日本を変える」という自ら課したミッションがあります。たとえば大田区の職員の服務や勤務問題、業務の民間委託などを提案すると、最も大きな障壁は「自治労」傘下の区職員労働組合です。学校改革のバリアは、やはり、日教組という教員の団体であることは、誰もが知るところです。
信じられないでしょうが、つい数年前まで、区職員労組や日教組は、『教員や職員が名札を着用することは人権侵害で、各組合の「最重要闘争課題」』とまで言っていたのです。こんな前近代的な、シーラカンスのような意識を持った人々を、我々の税金で養っていては、行財政改革も、教育改革も出来るわけがありません。私は、これからも、たった一人でも、このような人々の意識改革をすすめなければなりません。であるとすれば、この人たちが支持する民主党には、太陽が西から昇ることがあっても、決して合流するわけにはいかなかったのです。おわかりいただけますでしょうか。
合流当時、多くの同志の地方議員が、この問題で悩んでいました。保守中の保守政党、自由党を選び、政策のプロ集団を自認していた志高き仲間たちだからこそ、「はいそうですか」と、あなたについていく決断は出来なかったのです。新生党以来、あなたの作る党本部には「国会議員以外は人にあらず」という企業風土が伝統としてありましたが、実は、政党をささえるのは、志高い地方議員であることは、民主党の地方組織をご覧になって、今ではおわかりになると思います。
私自身の決断は即日でした。自治労、日教組の支持する政党、また、その組織内議員がいる政党には絶対に入らない、これがぶれたら、私が地方議員である意味がなくなってしまいます。そこで、私は何人かの地方議員を募って、あなたの自由党の解散届が提出された後、平成15年12月9日に東京都選挙管理委員会を通じ、総務省に全国団体として「自由党」の結党届を提出し、受理されました。その届に添付した「自由党規約」にこう書かせていただきました。『本党は、小沢一郎氏が提唱した日本一新の理念に基づき、新しい日本の実現のために必要な政治活動を行うことを目的とする』と。
このことは、あなたのホームページの掲示板にも書かせていただきましたので、ご存知かもしれませんが、さぞかし「迷惑な野郎」だとご立腹のことと思います。自由党都連に残っていた、旗やジャンパーは許可を頂き、いまでも私の政治活動の際、使わせていただいています。自由党カラーののぼりに「民主党にはいくもんか!」と短冊をつけて街頭演説をしていると「まだ自由党ってあったんだ」とか「えらいな」という励ましの言葉を頂きます。
いつか、きっと民主党が分裂し、真正保守政党が作られる時、この日本初の近代政党につけられた歴史と由緒ある「自由党」の名前をお返ししようと夢見ているのです。残念ながら、待ちきれない仲間たちは、民主党や自民党に入党してしまい、今では議員は私だけになってしまいました。超多忙なあなたが、最初から最後まで2時間以上も結婚披露宴に列席されていたにもかかわらず自民党の公認候補として去っていった地方議員もおります。淋しいかぎりです。
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11月09日(金)
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