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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 小2の娘と観た映画「みんなの学校」
予告で心惹かれたドキュメンタリー映画「みんなの学校」が昨日公開。
たま(小学2年生)にチラシを見せたら乗り気だったので、早いうちにと今日観に行った。

たまのまわりにも支援の必要な子はいる。映画を分かち合って、「みんなの学校ってどういうことかな」と話ができればと思った。

渋谷ユーロスペースでは子ども料金500円だった。
わたしは劇場で授業参観。たまは500円の課外授業。

他の小学校に通えなくなって、大空小学校に転校してきた男の子のお母さんの言葉が、印象に残った。
学校から帰って、鉛筆が減っているのがうれしい、と。

そうか、学校で学ぶというのは、ぴんぴんに削った鉛筆が丸くなることなんだ。

鉛筆が減る。クレヨンが減る。上履きが汚れる。
そんな当たり前のことをどんな子にも当たり前にする大空小学校は、大阪の普通の公立小学校。

全校生徒220人中30人が要支援児。かなり高い割合。ひとクラスに1、2人どころじゃない。でも、特別支援学級はなく、同じ教室で授業を受ける。興味深いのは、そのことが児童にとって「当たり前」になっていること。だからなのか、カメラが回っている前でも実に自然にふるまう児童たち。多様な他者をしなやかに受け止めるチカラが知らず知らず備わっている。これってすごいことだ。

学校で起きたすべてのことを体当たりで受け止め、どうしたらいいかを全力で考え、行動で示す木村泰子校長がすばらしい。この校長先生あっての大空小学校ではあるけれど、「みんなの学校」は一人では作れない。教師、児童、保護者、地域住人、学校に関わる一人一人によって実現する。その一人一人を動かす強力なリーダーシップが木村校長にはある。覚悟とユーモアを持ち合わせ、大変な局面でも口角が上がっていて、選ぶ言葉には相手への思いやりがある。それが最初から完成されていたのかといえば、そうではなく、「この子がおらんかったら、ええ学校になれたのに」という本音から出発し、試行錯誤の毎日の末に今の大空小学校にたどり着いたことがわかる。

「最初から宝石は落ちていない。石ころを磨いて光らせるのはあなた次第」だと一昨日の舞鶴・日星高校でもお話ししたが、みんなの学校という宝石もまた最初から落ちていない。困った石ころを、磨けば光ると信じて磨き続けた結果なのだと思う。「すべての子に居場所がある学校」は、一人の情熱ある教師によってのみ作られるわけではなく、一人の問題児によって壊されるわけでもない。みんなと一緒に学ぶことが難しい子をのけ者にする前に、できることがあるのではないか。

思い出したのは、「inclusive」を日本語に訳した勉強会のこと。日記を掘り返したら、障害者権利条約の日本の批准が遅れてるから自分たちで訳そうという勉強会だった。
2007年05月14日(月) 遠山真学塾で『障害者権利条約』勉強会

2007年5月14日のこと。日本が批准したのはそれから6年半後の2014年。国連加盟国の中でもびりっかすのほうだった。(手話講座では142番目と習った。140番目という説もあり、批准と発効の間で順位が入れ替わったのかも)

もうひとつ思い出したのは、アメリカの高校に留学したときの光景。学習レベルにかなり差のある生徒が一緒に学び、支援が必要な生徒にはお手伝いが付き添っていた。先生以外の大人がいる教室は当時のわたしには新鮮だった。「当たり前だよ。学ぶ権利は誰にでもある」とホストファーザーは言った。支援が必要な生徒を特別扱いするのではなく「普通扱いするために必要な配慮をする」のだった。英語が不自由な留学生や移民にも同様の配慮があった。できないから無理という引き算ではなく、何を補えばできるかという足し算が働いていた。

バトンパスすら困難を極める運動会での「世界一難しいリレー」は、「びりっかすの神さま」の「クラス対抗全員リレー」を思い出した。

観ている間に、いろんなことを思い出したし、いろんな感情がゆさぶられた。
あたたかな涙とともに、たくさんの気づきをもらえた。


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02月22日(日)
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