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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐ(松森果林さん講演)
大学時代に出会った先生が大のディズニーランド好きで、学生を引き連れて、よく遊びに行ってくれた。
目が不自由な学生、耳が不自由な学生が、現地でアトラクションやショーを体験しながら、どこをどうしたらもっと楽しめるか、具体的な意見を出し合い、提案し、それが採用された。
わたしはコピーライターだった頃、東京ディズニーリゾートの広告に携わっていた。だから、障害のある人も一緒に楽しめるようにと様々な取り組みがされていることは聞いていた。その中に、松森さんたちが提案したものがあったかもしれない。
そして、松森さんの話を聞くと、まだまだ知らない取り組みがたくさんあることに気づかされた。
視覚障害者が建物やキャラクターのフォルムを把握できるようにと作られた精巧なミニチュアが紹介された。
シンデレラ城の塔のとんがり具合も、窓の数も、模型をなぞれば、指で見ることができる。
興味深かったのは、ミッキーやミニーやドナルドやプルートのフィギュアがどれも「片方の手が上がっている」のはなぜでしょうという質問。
答えは、「握手するため」。
キャラクターに手を伸ばし、最初に手に触れるでっぱった部分が握手する手というのは、アメリカらしいし、ディズニーらしい。思いがけず握手して笑顔になってしまう光景を思い浮かべて、微笑ましくなった。
講演の中では触れられなかったが、松森さんは大学卒業後、東京ディズニーランドで美術装飾の仕事に就かれたという。
職場で出会ったご主人は、大量のメモ用紙を持って飲み会に乗り込み、たくさん話しかけてきた人だという。
「手話だと水中でもプロポーズ出来るんですが、残念ながらそれは叶いませんでした」と笑う松森さんは、今、とても幸せそう。
結婚し、現在は中学生の男の子を子育てしながら、聞こえない世界と聞こえる世界をつなぐユニバーサルデザインの提案に力を入れている。
ユニバーサルデザインとは、誰にでも使えるデザインということ。
たとえば、テレビ番組に字幕がついていると、耳の不自由な人が健聴者と一緒に番組を楽しめる。
デジタル放送になったおかげで字幕は入りやすくなった。リモコンの「字幕」ボタンを押せば、手軽に字幕入り放送を楽しめる。
でも、問題なのは、字幕の位置。
PKを決めた本田選手のインタビュー。
字幕が目張りのように顔を横切ってしまっている。
「字幕もど真ん中」
松森さんの鋭いツッコミが笑いを誘った。
見る人のことに、ほんの少し想像力を働かせれば、この位置でいいのか、どこに動かせばいいのか、検証することができるのだけれど。
字幕に限らず、善かれと思ってやったことが中途半端になってしまうのは、もったいない。
それで思い出したのは、映画『子ぎつねヘレン』のこと。
初日動員数も評判も上々で映画が封切られて間もなく、耳の聞こえない方にもこの作品を楽しんでもらえるよう字幕をつけようという話が出た。聴覚障害者の方からの要望があったのかもしれない。
早速やろうという動きになり、すぐに字幕版が用意され、公開された。
DVDにも日本語字幕とともに本編の場面を解説する音声ガイドとメニュー画面の操作を補助する音声案内が収録された。
でも、映画が公開されるまで、字幕をつけるということを、わたしも、関係者の誰も思いつかなかった。
『子ぎつねヘレン』は、ヘレン・ケラーのように目も見えない、耳も聞こえない、鳴くこともできない子ぎつねの話。
なのに、耳の不自由な方がこの映画を観るかもしれない、ということに想像が至らなかった。
そもそも「日本語の映画に字幕をつける」という発想がなかった。
外国語で何を言っているのかちんぷんかんぷんな映画を観るとき、わたしたちは字幕に助けられる。
日本語を聞き取れない人たちにとっても、同じこと。
『子ぎつねヘレン』公開から7年。日本語字幕つきの邦画公開は、ふえているだろうか。
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07月04日(木)
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