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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 「週刊ブックレビュー」お薦め3冊追伸
ただ、脚本家にとって、何を読んでいるかを披露することは、手の内を明かすことになる。惚れ込んだ本であれば、自分が脚本を書きたい。だから、人には教えたくない。なので、お薦め本には「自分が脚本を書けない」という条件が加わっている。
一冊目は、乙一著『箱庭図書館』。読者から募った小説から著者・乙一氏が6本を選び、リメイク。原作のどこを削り、どこを膨らませるか、彫刻の過程が非常に勉強になる。さらに、そのばらばらな6本を連作に仕立て、ひとつの世界を作り上げたのがお見事。この作品が映画やドラマになるとしても、わたしは脚本を引き受けられない。原作から箱庭図書館に化けた以上の発明はできないと思うから。
2冊目は、小川洋子著『人質の朗読会』。地球の裏側で人質になった日本人旅行客8人が自らの人生を小説として語り合うさまが、仕掛けた盗聴器に残されていた。死と隣り合わせの状況の中で、日本語の美しさと生の愛おしさが際立つ、「耳を澄ませて読む」本。
お菓子工場でアルファベットビスケットの不良品をつまみ出す仕事をしていた女性が登場する。小川さんの文体からは、一生を祈りに捧げた女性が写植を一文字一文字拾っている姿が思い浮かぶのだけど、ビスケットのアルファベットを見つめる女性の真摯な姿が、そのイメージに重なった。
この本をわたしが脚本にできない理由は、何も足さず、何も削らず、朗読ドラマにするべきだと思うから。本の中では、盗聴された録音がそのままラジオで放送されたとなっている。
最後に、皆さんと合評するイチオシ本は西加奈子著『円卓』。家族にも友人にも十分すぎるほど愛さている小学三年生のこっこが、孤独なるものに憧れ、それを知っていく。とくに大きな事件が起こるわけではないのにページをめくる手が止まらず、けれど読み終えたくないほど登場人物たちにぐいぐい惹きつけられてしまう。西さんの大阪弁を駆使した文体が大好きなのだけど、この本はとくに、言葉もキャラクターもぴちぴち、ぴかぴかしている。もし映画かドラマになるのであれば、西さんご自身に脚本を書いて頂きたい。
……といった紹介ができれば、この時期に今井雅子という脚本家がなぜこの3冊を選んだのか、伝わりやすかった気がする。とはいえ話したことがすべて放送に採用されるわけではないのだけど、"YOU can TAKE a BOOK ANYWHERE and VICE-VERSA"はせめて紹介したかった。限られた時間、語数で思いを伝えることの難しさを思い知ると同時に、次回また声をかけていただける機会があれば、緊張しても飛んで行かないぐらいしっかり言葉と自分を結びつけて収録に臨もうと心に誓う。
『円卓』の合評では、放送では落ちているけれど、大阪弁の話題も盛り上がった。宮田さん、司会の中江有里さん、わたしが大阪出身なので、「大阪ではほんとにうっさい、ぼけと言ったりするのか」について話したりした。円卓の円はまあるいお好み焼きの形なので「てっぱん」の話を絡められたらとも思っていたのに、収録中は吹っ飛んでいた。
医師の向井万起男さん推薦『フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)』と旅行エッセイストの宮田珠己さん推薦『日本の素朴絵』の合評は楽しかった。同じ本を読んで意見を言い合うと、そんな見方があったのかと気づかされる。食事に喩えると、より栄養が身につく感じ。
『フェイスブック』については、本の感想だけでなくフェイスブック論も盛り上がった。本の内容から離れるので放送では採用されていないけれど、この本をとっかかりに、これからのインターネットや広告はどうなるのかといった話や、国際情勢がどう変わるのかという話をしていたら、ひと晩でも語れそう。
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05月15日(日)
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