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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 『ぼくママ』キャリア・マム試写会&『愛を読むひと』
これでもかと肌を重ねる前半があるから、指一本触れるどころか互いの顔を見ることもできない後半が活きてくる。そのとき、読むという愛情表現が真価を発揮する。マイケルの朗読のたたみかけは、物語の伝承者となった人々が各自の物語を口ずさみながら行き交う『華氏451』のラストを彷彿とさせ、美しく力強く愛を謳う名場面となっていた。彼の朗読が彼女の人生の終盤にもたらした奇跡と呼んでいいような変化にも心を動かされた。定冠詞の「the」で涙を誘われたのは初めてのことだ。生きることは世界を知ること、その喜びが彼女が「the」を口にする場面に凝縮されていた。
生きること、愛することの重みと苦しみ、その中に光る希望を求めようとする人の悲しみ。ひたひたと問いかけることの多い作品だった。観終わって立ち上がるとき、隣に座っていた初老の夫婦の夫が「原作では書き置きの意味がわからない場面があった気がする」と話しているのが耳に入り、勝手にその場面を頭の中で思い浮かべて、また涙を誘われた。原作をずいぶん前(ヤシガニ脱走騒動があった日だから2003年9月)に友人から強く勧められながらまだ読めていないのだが、ぜひ手に取ってみたくなった。
また、劇中でマイケルがユダヤ人強制収容所を歩く場面があり、アウシュビッツを訪ねたときのことを思い出した。以前日記に書いたこともあるが(2002年10月21日(月) アウシュビッツの爪痕)、旅行記代わりの絵日記がどこかにあるはずで、掘り出したいと思っている。東ドイツにあった収容所を訪ねたのが中学一年のときで、その頃に『アンネの日記』にはまり、日記を熱心に書くようになったのだが、ホロコーストを取り上げた作品にアンテナを向けてしまうのもそのせいかもしれない。
予告編では『ぼくママ』が流れた。テイストは違うけれど、愛する人の嘘を尊重して守ろうとする『ぼくママ』の一志(阿部サダヲ)と『愛を読むひと』のマイケルの一途で不器用な姿が重なった。
07月22日(水)
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