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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ リチャード・ギアが「ヘァチ」と呼ぶ謎『HACHI 約束の犬』
さらに、駅で教授を待ち受け、飛びつくHACHIの姿が娘のたまに重なり、困った。毎日6時15分に保育園へ迎えに行くわたしが現れるタイミングを、時計を読めないたまは感覚で測る。あの子のママが来たから、次はわたしのママの番という風に。駅の出口から吐き出される乗客一人一人の顔を確かめるHACHIの顔を見ていると、たまもこんな顔をしてわたしを待っているのだろうかと胸がしめつけられた。たまは最近『クイール』にはまり、毎日のように「わんわん みる」とせがむのだが、クイールが悲しげな顔をすると、「ママがいいようって いってる。たまちゃんみたい」などと言う。そんなことも思い出されて、涙ダムはますます決壊するのだった。
『HACHI』を観て、なるほどと思ったのだが、教授が急に還らぬ人となって引き裂かれたのは、「HACHIと教授」だけではない。HACHIよりも、もっと長い時間を彼とともにして来た家族もまた引き裂かれる悲しみを味わい、背負う。その部分の膨らませ方はとてもハリウッド的で、後日談で回想をサンドイッチするスタイルもこれまたハリウッドお得意の手法なのだけど、家族を膨らませたことでサンドイッチスタイルが効いているという図式はハリウッド的脚本の王道といおうか模範解答といおうか……ピースはぴったりはまっているけれど、予定調和ともいえて、ないものねだりだけれど、そこは物足りなく感じた。
もうひとつ、HACHIのフルネームが「HACHIKO」となっていて、ところどころで「HACHIKO」が出てくるのだが、「HACHIKOありき」だと知らない海外の人が観たときに「このKOは何ぞや?」とならないのか、気になった。エンディングで「実際のハチ公は……」と日本での実話が紹介されるので、劇中でもHACHIKOとしたほうがつながりが良かったのだろうか。「モデルとなった日本のHACHIはハチ公と呼ばれ……」とナレーションで解決する方法もあったような……などと代案まで考えてしまうのは困った職業病だが、リチャード・ギアが子どものように号泣したという脚本は、出演者(もちろんHACHIも含めて)の熱演に支えられ、いっそう感動的な映画に仕上がっている。渋谷のハチ公を見る目が数倍優しく温かくなるのは間違いなし。パンフレットを読んで知ったのだが、ハチ公像は第二次世界大戦中に「鋳潰」されたものを1948年に地元有志が再建したものだという。その辺りのことは日本版の『ハチ公物語』に描かれているのだろうか。こちらも観たくなって調べてみると、「『HACHI 約束の犬』公開記念 期間限定スペシャルプライス」の廉価版DVDが7月29日に発売とのこと。
07月10日(金)
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