ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 典獄と地獄 〜 ト山家の人々 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20071106
 
 ◆ 黒電話のある家 〜 深夜に響くオルゴール 〜
 
 いまどき“ケータイ”のない家など、よほど貧乏だと思われるのだが、
都内で“御殿”と呼ばれる邸宅には、あいかわらず“黒電話”がある。
 長い廊下の角に“電話室”があり、ベルが鳴ると、お女中が取りつぐ。
 
「もしもし、トヤマでございますが」
「ダンナは居るか?」
「あの、ただいま主は、およってらっしゃいますが、どちらさまで?」
 
“およっている”とは「酔っている」のではなく「横になって寝ている」
の丁寧表現である。── お-よ-る【御寝る】[動ラ五(四)]《名詞
「およる(御夜)」の動詞化》「寝る」の尊敬語。おやすみになる。
 
「なんだと、酒なんか飲んでる場合じゃねぇや、すぐに起こしてこい」
「かしこまりました、しばらくお待ちくださいませ」相手は名乗らない。
 広い屋敷だから、寝室にたどりつくまで、いそいでも数分かかる。
 
「旦那さま、お名前を名乗らぬお方から、急なご用件らしうございます」
「何者だ、いますぐ着替えるから、しばらく待つように伝えなさい」
「かしこまりました」ふたたび長い廊下を小走りに戻る。
 
「あの、あるじは着替えてから参りますので、しばらくお待ちください」
「なんだと、電話に出るのに着替えるなんて、バッカじゃねぇか!」
「いえ、当家では、みなさまそのようになさってらっしゃいます」
 
「わかったよ、早くしろ」ここで旧式のオルゴールが鳴りはじめる。
 ♪ ポッポッポ、ハトポッポ、マメガ ホシイカ、ソラ ヤルゾ。
 ミンナデ イッシヨニ タベニ 來イ。
♀東  くめ 作詞 18770630 和歌山 東京 19690305 91 /〜滝 廉太郎・曲《はとぽっぽ/お正月》
http://www.d-score.com/ar/A02011409.html
 
「いいかげんにしろ、なんだこの家は?」
「あぁ、もしもし、わしだ。何の用だ」
「あんたが旦那か、ようく聞けよ。あんたの息子を預かってるんだ」
 
「パパぁ、オレオレ。知らないおじさんに連れてこられたんだよぅ」
「もしもし、ジローか、怪我はないか、いまどこだ」
「ダンナ、わかったかい、明日の朝、もういちど電話するからな」
 
 ◆ 緊急配備 〜 サンタは使い捨てケータイを使う 〜
 
 当家の主は、ただちに警察を呼び、捜査を依頼した。
 私服刑事が二人、裏口から入って電話室に待機する。
 電話局に手配して、盗聴回線を増設し、明け方を迎えた。
 
 ベルが鳴って、お女中が出るのも不自然なので、年配の執事に代る。
「もしもし、トヤマ家でございますが」「ダンナは居るか?」
「どちらさまで?」「夕べ電話した者だ、さっさと代りやがれ」
 
「あぁ、もしもし、わしだ」「なにを、格好つけてる場合じゃねぇよ。
息子の声は聞いたよな。5億ばかり都合してくれないか」
「身代金か、5億は無理だが、話し合おう。どうすればいい?」
 
「さすが、エリートの資産家は呑みこみが早いね。つぎは昼ごろに電話
するから、女中や番頭でなく、すぐにダンナが出るんだな、じゃぁな」
「待て、きみの名は、何て呼べばいいんだ。息子の声を聞かせてくれ」
 
 切れた電話に向って、叫んでみてもしょうがない。受話器を置いて、
しばらくすると、ふたたびベルが鳴った。
「わしだ、きみの名は、何て呼べばいいんだ。息子の声を聞かせてくれ」
 
「なるほど、おいら、サンタって呼んでくれ。息子は今、オヨってるぜ」
「そうか、話し合うには、どうすればいいんだ」
「街に出て、昼までに、使い捨てケータイを10個買ってきてくれ」
 
「そんなもの、どうするんだ」
「こっちも、街で拾った使い捨てケータイから掛けてるんだ。そっちの
刑事によろしく云ってくれ。もう用はないから、アバヨってな」
 
 ◆ 鳩と蝶 〜 息子よ!あれがチョウの羽だ 〜
 
 当家の主は司法大臣である。知ってか知らずか、その息子を誘拐する
などという大胆な犯行は、前代未聞である。

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11月06日(火)
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