ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ プレイバック
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プレイバック ── 《月刊アルペジオ 19680701-19690608 》
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私たちはまた、巨匠のひとりを失なった。
昨年7月1日、京都における一コマから。
志鳥 栄八郎《アンセルメの素顔》
──「マエストロ、余計なことを聞くかもしれないが、いま睡眠時間は
どのくらいとっていますか」「八時間ですが、少ないときは六時間ぐら
い」「その間、昼寝はしないのですか」「昼寝なんて、したことがない」
── 詩仙堂を出て、クルマは銀閣寺に向かう。すると両側の家並みを
きょろきょろ見ていた彼は、「きたときの道とちがうところを走ってい
るが、こんどはどこへいくのですか」
「銀閣寺というところです」「ギンカクジ?やめよう、ホテルに帰ろう。
最初の予定にはいっていないではないですか……」「まあ、そういわず
に、もうすぐですから行きましょう、ほら、あの石垣が美しいでしょう」
すると彼は、「なるほど、なんと詩的な風景なんだろ」といって機嫌を
なおしてくれた。それは、まったく、だだっ子を病院にでも連れていく
ような調子であった。
── 帰りのくるまのなかで、彼は「きのうが結婚二十五周年だった。
いまのは二度目の妻でね、妻と娘の年が同じなんだよ、ワッハッハ……」
実に磊落な元帥である。ホテルに着くと、彼はさっそく真珠店にいって
真珠の指輪を買って奥さんにプレゼントした。その時によろこんだ奥さ
んが、元帥の頬に熱いキッスをした瞬間は、実に美しかった。
── 「これからのご予定は……」「来年からは、ときどき指揮台に立
てばよいから、気は楽です。自伝を書いたりエッセイを書いたり、まだ
五、六年は仕事をしますよ、書くことは好きですからね……」彼は、こ
れから本腰を入れて著述にとりかかるという。まったくゲーテのような
若い若い元帥である。
── (レコード芸術・1968・8月号)
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こちらは気鋭の旗手、国際市場に通用する
パスポートの持主、その発言。
岩城 宏之 外国で仕事をしているといろいろな国で実にたくさんの
作曲家の訪問を受けます。ハッキリいうと新作旧作の売込みですが、世
界的に名の通ったかなりの大家にも、あらゆるチャンスをとらえて自作
を演奏させたいという執念が見られ、辟易させられる反面、頭の下る思
いです。 − ところが日本では、私の知る限りでも、創作とは放送局の
委嘱に応える時だけのようですし、まして初演後については少々淡白す
ぎる気がします。こちらから全作曲家のところに押しかける意気込みで
すが、新人の方が遠慮なく自作を持って来て下されば大へんうれしく存
じます。
── (週刊新潮・1969・2月22日号・掲示板)
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その世代意識と使命感、昨年11月1日《外山 雄三と語る会》の録音から
京響の演奏水準があがった あがったといっては京響に失礼だといけ
ないから(笑)変ったからね 初めてできるようになった曲もあるし今
迄の京響の指揮者たちが偶然避けて通っておられて しかも所謂インタ
ーナショナルなスタンダードなオーケストラとしては当然やっておかな
きゃならない曲で 全く手をつけていないものもあったわけです
これお聞きになるときっとびっくりされるようなものもあったんです
モーツアルトの39番なんて僕が初めて演ったが“モーツアルト・オー
ケストラ”なんていってやがって何だって(笑)あのとき僕は思った
スタンダードなオケのレパートリーで今迄手がけたことのない曲は僕が
意識的に 僕が居る間にできるだけ一度は演奏しておいて貰う 一度演
っておくと全然ちがいますからね その時うまくいかなくても 僕が演
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03月05日(木)
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