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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 一聴一席GMy Chin ピーター・マーティン京都英国文化センター館長をたずねて
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691209
── せんだっての英国フェアでは いろいろ御多忙だったでしょうね
マーティン ええ だいたいは東京中心の催しでしたが 京都にも訪
問者がかなりありましたのでね 特にマーガレット王女ご夫妻が 当
センターに立寄られたのは たいへん光栄でした
── 英国フェアは これまで各国で定期的に催されていたのですか
マーティン いや 規模の大小も多種多様で 定まった期間のようなも
のはありません こんどの日本の場合は かなり大規模なものでしたね
── 英国では“イギリスの家は城である”というそうですが たとえ
ば中国では“みずからを修め家を治め国を治める”などと申します
家族制度や教育制度のちがいについておきかせください
マーティン 後者は 孔子の教えによるものですね 英国にかぎらず
ヨーロッパでは世帯の独立ということから 日本におけるほど 親子の
強力なつながりは ないようです 教育の制度も 日本では6・3・3
というふうに三段階に分れていますが 英国では5才〜11才までと 11
才〜18才までの二段階を採っています 16才で学業をはなれることもで
きるし それ以上の大学となると 日本にくらべてうんとすくないので
ほとんどは18才で社会に出るわけですね 近年の傾向として従来の選抜
方式から機会均等への移行がみられるのは 日本やアメリカと同じです
── 音楽教育としては ヨーロッパの古典音楽に限られるのでしょう
か
マーティン そうです 小学生の頃からイギリス民謡をはじめ 打楽器
や管楽器の演奏を学びます そして高等学校になると 技術的にすぐれ
たオーケストラ活動なども さかんにおこなわれています
── クラシックの音楽に関しては 英国には すぐれた演奏家や団体
がたいへん多く その水準は かなり高いわけですが 一方では作曲家
の数は それほどでないようですね もちろん パーセルやブリトゥン
の名は不滅ですが
マーティン エドワード・エルガーも ぜひつけ加えたいところですね
クラシック音楽というものが 19世紀ドイツを中心にさかんになったと
き ドイツの作曲家たちは いわば君臨していたわけですね たとえば
チェコにおけるスメタナのような民族主義的作曲家も 各国にたくさん
いたわけで 英国にもいたわけですが 国際的に迎えられるほどには
なり得なかったのでしょう 現代の英国には ウィリアム・ウォルトン
とか マイケル・ティペットなどが よく知られているのではありませ
んか
── 英国における民族音楽としては どんなものがありますか
マーティン フォーク・ソングです もとは農耕地方で 口づてに歌い
つがれていたものを 19世紀になって セシル・シャープという学者が
採集して集大成したわけです これを第一段階とすれば 次の第二段階
は 第一次大戦の兵士たちによって地方から都会に伝えられた時代を
いいます おそらくこうした音楽の特性が ドイツ的なクラシック音楽
に いますこしフィットしなかったといえるでしょうね
── そういったフォーク・ソングの伝統を 今日のビートルズは受け
ついでいるのでしょうか
マーティン 彼らはむしろポップ・ミュージックに属するもので 直接
つながってはいませんね
── 世界中を 飛行機で駆けめぐる 現代の吟遊詩人ともいわれた
彼らの作品についてのご意見を
マーティン 私の好きなものをあげれば《ミシェル》のような作品 こ
れはかつて 外山雄三氏の指揮で 京響ポップスでも演奏された美しい
曲です 彼らの作品の すべてではないにしても いくつかは後世に残
ることになるでしょうね
── 最近では 彼らはインドに魅かれて以来なかなか新しい音楽を
創りはじめているようです これなどは英国の伝統哲学・経験主義にも
とずくゆえん(笑)でしょうか
マーティン ちょうど昨夜は彼らのアニメーション風の映画《イエロー
・サブマリン》を観たのですけれども 彼らの意見や考え方そのものは
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12月09日(火)
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