ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 一聴一席FWay of Thinking  シドニー・L・ハモールスキー米文化センター館長をたずねて
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691009
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html
 
f:id:adlib:20060621135724j:image 
〜 シドニー・L・ハモールスキー米文化センター館長をたずねて 〜
 
── 今日の日本について 何の予備知識もなければ もっと驚いた
にちがいない とは 先だって来日したズービン・メータ氏の発言(註
“レコード芸術”12月号/出谷啓氏のインタビューによる)ですが 館
長がはじめて日本に来られたのはいつごろでしたか
ハモールスキー 終戦の翌年に軍人として 半年ばかり東京にいたこと
があります この時はさすがに何もない状態だったけれども 当時の見
聞がのちに予備知識になったといえるでしょうね 文化センターへ来た
のは1967年7月です
 戦後の日本は ごく短期間のうちに国民総生産が 世界第2位になる
という まさに驚異的な経済復興を遂げていますが 主として教育制度
に負うところが多いと思われます そして 未来に対する洞察力の適確
さ 各種の“ノウ・ハウ”を外国から採り入れ 練りなおし逆輸入する
ことによって相互の利益を図ってきた点など さまざまの技術革新に
成功して今日に至ったことは ドイツとよく似ているわけです 
 しかし 一方では イタリアと肩をならべているように 国民ひとり
ひとりの収入では まだまだ満足すべき状態になっていない 日本も
アメリカも ある意味で ひじょうに多くの問題をかかえた国なのです
が共通していえることは たえず試みを重ねながら 前向きの姿勢を失
わない“オープン・ソサエティ”といわれる所以です 
── 各国の共通点をあげていただいたところで こんどは相異点につ
いてお伺いしたいのですが
ハモールスキー たとえば“東は東 西は西”といって両者はしょせん
交わらず 異質のものだとする考え方もあるわけで 単に現象面にあら
われた相異だけを列挙するならば クツとゲタだってそうだし 洋服と
和服はちがったものになるのです こうした例はそれこそ無限にあげる
ことも可能です しかし考えの筋道や発達の過程において本質的な傾向
はまったく同一である場合が多い かりに 特定の面だけをとりあげて
強調したり誇張することになれば いきおい誤った結論しか出てこない
と思われます したがって こうした問題においては 質問が回答を
決定することになりかねない つまり 質問者がその問題をある設定の
もとに いずれかを強調すれば当然回答の内容も変化するのです この
ことは フランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソー(1712〜1778)も
指摘するところです
── たしかに(笑)注意すべき重要な点ですね 館長はまた言語学者
でもあるわけですが ことばと音楽が結びついた芸術としてイタリアに
オペラ フランスにはシャンソン ドイツにはリード そして日本には
浄瑠璃などがあげられます アメリカではたとえばどんなものがこれに
相当するでしょうか
ハモールスキー フォーク・ソングやミュージカルなどでしょうね
── アメリカのポピュラー・ソングやスタンダード・ナンバーを日本
人がうたう場合に まず英語でうたって 次に日本語でうたうことも多
いのです ところがそれは一番と二番ではなく 一番と一番だったりす
る(笑)こうした翻訳についてのお考えをきかせてください
ハモールスキー 私はそれほど日本語に堪能ではないので 細部にわた
っては語れませんが 英語と日本語とでは もともとことばの順序が
ちがっているものを移しかえるわけですから いろいろ無理は生じます
それと ことば自体にリズムやビートのように音楽的な要素が含まれて
いて どんな名訳であってもこれを伝えることはできないでしょう
イタリア語からフランス語に移す場合でも同じことです したがって
意味を理解するためには翻訳も必要だし 音楽だけを聴くなら原語だけ
でもさしつかえないでしょう
 もうひとつの例として たとえば アメリカへ能をもちこんで かり

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10月09日(木)
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