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与太郎文庫
by 与太郎
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■ あとがきにかえて
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19680707
 
…… 以下はいささか私的なモノローグであるが、記念誌校了までの経
過および協力者群像を述べ、併せて十字屋楽器店の新しい時代への期待
としたい。
 
 数年前の春、友人から電話があって、高校同期の田中義雄がヒゲを生
やして帰ってきた、という。彼は京都大学卒業後ヤマハに就職し、この
ほどその目的を終えて、われわれの予想どおり、十字屋の営業部長にな
った、という確認のあと、春宵一刻、まずは乾杯となった。
 昨年の春、こんどは彼自身の電話で、のっけからアジビラを書かない
か、という冗談である。何のことやら判らぬうちに彼は数冊の本をかつ
いで、私の書斎にあらわれた。さっそく説明をはじめるからテープレコ
ーダーを用意せよといい、その第一声が《ネオ・バロック》という聞い
たこともない熟語であった。こうしてできたのが《ネオ・バロック運動
について》という小冊子であった。
 ネオ・バロック協会発足のあとさき、彼は楽器まつりなどで多忙だっ
たがあるとき、来年は十字屋が創業70周年に当るという意味のことをも
らした。そうか、そんなに旧い店だったのか、なるほどねえ、というだ
けでその場はすんだ。年が明けても妙にこのことが思い出された。彼は
何を考え、何を企画しようとしているのか。
 私はまず、当社沿革史といった種類のやけに漢字の多い文書を想像し、
次に夢と希望をおとどけする当社の企業イメージ、といったムード派の
パンフレットを思いうかべた。その何れでもない、私の想像をはるかに
超えた次元で、彼は何かを模索しているのではないかと怖れた。
 正月気分も遠ざかり、大橋課長からの電話で《記念誌のようなもの》
の編集を私に依頼する予定である、ついては営業部長の都合で3月から
着手するように、ということだった。何をどう準備するか考えているう
ちに3月になった。ハネムーンから帰ってきた営業部長はきれいにヒゲ
をそり落していた。
 
 概して新婚当座というもの、頭の中がさわやかで、計画を立てるには
最適であると思う。彼は《社史》にとどまらず、《記念》になるような
ものを強調した。いわば十字屋70年目の《タイム・カプセル》ですな、
と私が受けて、ともに具体案は出さなかった。この種の企画は全面的に
信頼一任されなければ良いものはできない、こうして社史をふくむ《記
念誌》の企画がスタートした。
 
 まず手がけたことは社長はじめ関係者の記憶と認識を掘りおこすこと
だった。録音したものをそのまま聴いたのでは、微細な矛盾や言外のニ
ュアンスを逃すおそれがあり、徹底したテープ編集を必要とした。平均
2時間余のテープを1/4に縮少し、大筋よりも無駄な話・余談と思わ
れるものを優先して残した。これを毎日のようにくり返して聴いている
と、やがて妻がすっかり憶えてしまうほどだった。
 3月19日に、社内9人の関係者による座談会をもうけて4時間ほど録
音し同様に編集した。合計6時間のテープが揃った。
 4月に入ると、これらの証言を集めるために山中氏や東京十字屋の竹
内氏を訪れるうち、営業部長から洋服箱3個に、ぎっしり入った写真な
どの資料が送られきた。但書きのないものが殆んどなので、とりあえず
全部複写してアルバムにしてしまった。つまり、バラバラに記憶と証言
と資料が集まり、いよいよこれらを結んでいく時代設定にとりかかった。
 一般的に、歴史の本というものは一定の路線で、書かれているので、
こちらの知りたいことに仲々めぐり逢わない。たとえば初代のアメリカ
時代、排日運動について思い通りの本がなく《ロジェ》という店で、偶
然に会った会田雄次京大教授に、それなら某処の古本屋で立ち読みすれ
ばいい、と教えていただいたこともある。
 同志社大学の山田忠男教授には著書の引用をお許し願うため電話した
ところ、京都音楽界三古老の雑談テープを採った筈、と貴重な資料と日
付を調べて下さるなど、思いがけない証言をいただいた。先生には、も

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07月07日(日)
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