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与太郎文庫
by 与太郎
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■ リルケとピカソ 〜 To go, or not to go. 〜
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パブロ・ピカソ 竹内 康
ピカソというと今日では子供でも知っている名前であり、現代絵画の
分からなそうな絵があるとすぐ彼の名前を思い出す程になっている。私
自身もピカソという名前は余りにも良く知りすぎていた。しかし決して
彼の絵を知っていたわけではなかったのである。一般に名前が良く知ら
れ過ぎると、その芸術家に附いての知識が我々に多量に入ってくる。そ
れでそういった解説や批評を聞いただけでいかにもその芸術家を知った
ような気持になり、その作品を直接自分の眼で見る事を怠ってしまいが
ちである。特にピカソのように有名になるとその傾向が著しくなり、そ
の有名さを鵜呑みにしてしまって、ピカソのような絵だとか、ピカソ風
の画き方だとか言っているものの、実際のピカソの絵については殆んど
知らないものである。たとえピカソの絵を見たとしても、色々な彼につ
いての先入的な知識に惑わされて、直接自分の眼で自分の心で見る事を
ほとんどしないのである。
私個人としても、写真等で見る彼はいつも半ズボン一つの裸で、よく
肥え、頭は禿かかっており、何か芸術家とは縁遠いような容貌なので、
一種の反感に似た気持さえ持っていた。それに「ピカソはいつも近代美
術の尖端的な動向を代表して、さまざまな『派』を生み出した」等と本
に書いてあるのを読むと、彼が深みのない、軽薄な人間であるかのよう
にも思われた。そのためか何か彼の絵には性格的にも自分に調和しない
ものがあるかのように思っていた。しかしながら私はこうしたピカソに
対する理解は全く独合点にすぎないものだった。私は決してピカソを知
っていたわけではなく、ただピカソに附いて書かれたものを知っていた
だけだった。ピカソの絵を自分の眼で見たわけではなく、ただ絵を頭の
中で想像していただけだった。
私のピカソに対する眼を開いてくれたのは「青の時代」と呼ばれてい
る頃の彼の作品である。この時代の絵は現在ピカソ風の絵と想像され呼
ばれているようなものとは全く違っている。私自身ピカソにこんな絵が
あったのかと中ば驚かざるを得なかった。しかしながらその驚の中に何
か強い力で自分の心が引きつけられているのに気づいていた。そして急
にピカソという画家が、想像していたように自分から隔ったものではな
く、非常に身近に感じられるようになったのである。「青の時代」の作
品の一つに(勿論複製だが)「自画像」(1901)という絵がある。分厚い
飾り気のないマントを襟を立て無造作に着こんだピカソ、その顔は少し
骨ばり、ひきしまった力強さを感じさせる。そしてその眼、この眼の光
こそが私の心を捕えるのである。それに左側の空間、それはピカソの孤
独をはっきりと表わしている。この絵から私はこのピカソの孤独を感じ
るのである。力強い孤独である。感傷的な甘い孤独ではない。社会から
の避逃というような孤独でもない。敗者の孤独では決してないのである。
その眼の光が示すように力強い自信のある孤独なのである。貧困等によ
り外部から強制された孤独ではない。また自分の意志で入り込んだ孤独
でもない。彼の内部から、彼自身どうすることも出来ない力で押付けら
れた孤独なのである。その内部の力というのは謂わば彼が背負いこんだ
運命である。ピカソをしてピカソたらしめた運命である。言いかえれば
才能なのである。彼が自分自身のこの運命的な孤独を知ったのは、彼の
画家としてのするどい「見る力」によってである。彼にとって見るとい
う事は単にものを見るという事ではなく、ものを見抜く事である。もの
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09月01日(月)
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