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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 前金切れ/一ページの文字数
 当時も今も本の印刷というのは、一枚の大きな印刷用紙の裏表に三二
ページ分の印刷をし、それを四回折り畳んで小冊子状のものを作り、そ
れを幾つか貼り合せて一冊のペーパーバックを完成させるという手法が
採られている。ということは、逆に言えば、三二の倍数ページで活字を
組むと印刷用紙を余すことなく使い切ることが出来る、ということであ
る。しかも一九四〇年代、ペーパーバックというのは一律一二セントと
いう生産コストぎりぎりの安値で売られていたので、コストの占める印
刷用紙代の節約は、どの出版社にとっても至上命令であった。となれば、
当時のペーパーバック出版社の多くが、著者から送られてきた原稿の長
さを見て、これなら一九二ページに収まりそうだとか、二五六ページに
なりそうだ、というふうに最初にページ数を三二の倍数で設定し、そこ
から逆算して一ページあたりの文字数を決めるという編集方針を採用す
るようになったのも無理はない。一九四〇年代に出版されたアメリカン
・ペーパーバックが大抵一九二ページか二二四ページ、あるいは二五六
ページになっていることの背景には、このような事情があったのだ。
 もちろんペーパーバックのページ数がこのような形で決められていた
のは、単に生産コスト削減を狙った企業努力の結果であって、それ自体
何ら問題はない。問題なのはここから先である。つまり、そうは言って
も時には当該作品がどうしても三二ページに収まり切らないこともある
わけで、そういう場合、文学に対してあまり志の高くない出版社では、
原作の諸処を(時には著者にも無断で)カットし、無理矢理三二の倍数
ページに収まるようにしていたのだ。先に述べた「出版社側の勝手な都
合による削除版」というのは、このことである。(略)
 また逆に「完全・無削除版」であることを誇らしげに表紙に明記する
ペーパーバックが増え始めたのも丁度この頃であって、要するに“Com-
plete and Unabridged”という例の謎の文言は、一九五〇年代以降の
「改心」したアメリカン・ペーパーバックと、一九四〇年代に無数に出
されていた削除版ペーパーバックとを区別するためのものだったのであ
る。
──「完全・無削除版」の謎を解く《図書 20021201 岩波書店》P42-47

11月29日(金)
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