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与太郎文庫
by 与太郎
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も、じつはイスラムについて「知らない」ということに気づかされまし
た。(「はじめに」より)
 
 少なくとも日本において、イスラム教はまだまだ遠く、なじみがない
宗教なのでしょう。しかし、いまや外国人と交流する機会が劇的に増え
ている時代。つまり、もう「イスラムのことを知らなくても平気」とは
いっていられない段階に入っているわけです。
 
 だからこそ、本書が書かれたということ。
 
 この本は、もしみなさんのとなりの席にイスラムの子が座るようにな
っても、すぐに話しかけられて、その日のうちに仲よくなれますように、
という願いをこめて書きました。(「はじめに」より)
 
 この記述からもわかるように、本書では小学生でも読める簡易な文章
によって、なかなか知る機会の少ないイスラムの基礎知識を解説してい
るわけです。しかし当然のことながら、大人にとっても有用な内容にな
っています。
 
 きょうは、第4章「イスラムの大誤解、パパとママに教えてあげよう」
のなかから2つのトピックスを抜き出してみたいと思います。
 
 じつのところ、かなり自由な宗教だった!
イスラム教には、「あれもダメ、これもダメ」というように、なにかと
規制の多い宗教というイメージがあるかもしれません。しかし、じつの
ところあらゆる宗教のなかでも非常にゆるく、自由がある宗教がイスラ
ム教なのだそうです。
 
 そもそも、「自由」とはなんでしょう? なんでも好き放題にできる
ことでしょうか? それとも、やりたいと思ったことがなんでもできる
ことでしょうか?
 
 著者もムスリマ(女性のイスラム教徒)になる前は、少なからずその
ように思っていたといいます。しかし人間は、「なんでも好き放題にで
きる自由」にはなれないものでもあります。
 
 たとえばいい例が、食べることや寝ること。人間である以上はそれら
から解放されることはなく、「食べも寝もせずに自由に毎日、好き放題
やっていく」ことはできないわけです。
 
 イスラムでいう自由とは「選択ができる」ということです。
 実はイスラムでは「宗教に強制があってはならない」とされています。
 
 強制があってはならないので「自分で決めて、自分でおこなう」ので
す。
 イスラムでは、1400年以上前から「〇〇をしなさい!」と強制的に言
っておこなわせても、人間は続かないということを教えてきたのです。
 
 ですから、神様アッラーを信じていながら、お酒を飲む人もいますし、
お祈りをしない人もいるのです。(125ページより)
 
「豚肉を食べられないし、お酒も飲めない。女性だったら髪の毛を見せ
られないし、お祈りだって義務なのでは? だとすれば、まったく自由
がないではないか」と思う方もいるでしょう。
 
 が、それはアッラーからの「よりよい人生を送りたいなら、こうした
ほうがいいよ」というアドバイスにすぎないということです。
 
 だからこそ、「実行する」か「実行しない」かは自分次第なのだとい
う考え方。
 
 イスラムに、どこか強制的なイメージがあるのは、よいことと悪いこ
と、実行すべきことや、してはいけないことなどについて明確さがある
からではないかと著者は述べています。
 
 それらは、命、知能、次世代、財産、宗教の5つを守ることを目的に
した教えで、決して強制的ではなく、自由に決められるというのです。
(124ページより)
 
 イスラムの人って勧誘したりしないの?
 宗教には多少なりとも、「勧誘してくる」というイメージがあるもの。
 
 しかしムスリム(イスラム教徒)は、決して宗教勧誘をしないのだそ
うです。いうまでもなくその理由は、前述したように「宗教に強制があ
ってはならない」から。
 
 人は自分が納得したことで行動する生き物なので、イスラムでは「気
持ちが伴っているか」を重要視しているというのです。
 
 そんな考え方に基づいて現在のサウジアラビアから始まった宗教が、

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11月28日(火)
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