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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 柳田文庫 〜 木綿以前の事 〜
をする者を前に坐らせ、また時々はそれにも一杯飲ませようとする。そ
うして手酌でこそこそと飲んでいる者を、気の毒とも悪い癖とも思う人
は多いのである。この原因は今ならは差尋ねてみることができる。現在
は紳士でも屋台店の暖簾をかぶったことを、吹聴する者が少しずつでき
たが、つい近頃までは一杯酒をぐいと引掛けるなどは、人柄を重んずる
者には到底できぬことであった。酒屋でも「居酒(いざけ)致し候」と
いう店はきまっていて、そこへ立寄る者は、何年にも酒盛りの席などに
は列なることのできぬ人たち、たとえは掛り人とか奉公人とかいう晴れ
ては飲めない者が、買っては帰らずにそこにいて飲んでしまうこれから
居酒であった。是をデハイともテッバツともまたカクウチとも謂って、
すべて照れ隠しの隠語のようなおかしい名で呼んでいる。しかもこうい
うのも酒を売る家が数多くなってから後のことで、以前はそんな撥会も
得られなかったのである。
 ところがこの一杯酒のことを、今でも徳島県その他ではオゲソゾウと
いう方言が残っていて、是によってはぽこの慣習の由来がわかる。ゲソ
ゾウは漢字で書くと「見参」、すなわち「見えまいらす」であって、始
めての、または改まった人に対面することを意味する。関東では婿が始
めて嫁の家を訪い、または双方の身内が親類として近づきになる酒宴だ
けをゲソゾまたは一ゲンというが、一ゲンはすなわち第一回の見参とい
うことで、婚礼の日に限るべき理由はない。現に関西では盆正月の薮人
がゲソゾ、古い奉公人の旧主訪問がまたゲソゾである。是に敬語を冠せ
てオゲソゾウというのも、目上の人への対面のことでしかない。『狂言
記』の中にも、「頭目はゲンゾでござらう」というのが奉公人の地位の
きまることを意味している。すなわち今日の御目見え以上に、いよいよ
主従の契約をする式が見参であった。こういう場合には酒が与えられる。
それも主人と酌みかわすのではなくて、一方が酌をしてやってその家来
だけに一杯飲ませるので、狂言では普通は扇を使い、何だか烏帽子櫃
(えぼしびつ)の蓋のようなものを、顔に当てるのが飲む所作となって
いる。すなわちあの時代にも一人で飲むのは下人で、主人との献酬はな
かったのである。それが後々は飲ませるかわりに酒手の銭をやることに
もなったが、やはり古風な家では出入の者などに、一杯飲んで行くがい
いと謂って、台所の端に腰を掛けて、親爺がお辞儀をしいしい一人で飲
んでいる光景が今昔も時折は見られる。大きな農家に手造りの酒があっ
た時代には、是が男たちを働かせる主婦の有力な武器になっていた。東
北ではヒヤケとも謂う小さな片手桶が、このためにできていた。是で酒
瓶(さかがめ)から直接に濁酒なり稗酒なりを掬んで、寒かったろうに
一ぱい引掛けて行くがよいと、特別に骨を折った者をいたわっていたの
である。勿論対等の客人にはこのような失礼なことはできない。すなわ
ち相手なしに独りで一杯を傾けるということは、ただ主人持ちばかりの、
特権といえばまあ特権であった。
 今日のいわゆる晩酌の起原も、是と同じであったことは疑いがない。
この酒を岐阜県などではオチフレ、また九州の東半分でヤツガイともエ
イキとも謂っている。意味はまだはっきりせぬが、鹿児島・熊本等の諸
県でダイヤメまたはダリヤミと謂っているのは、明らかに疲労を癒すと
いうことで、すなわち労働する者が慰労に飲まされる酒の意であった。
東京ではまた是をオシキセとも謂っているが、シキセほ元来奉公人に給
する衣服のことである。堂々たる一家の旦部が、その御仕着せに有付く
というのはおかしい話だが、起こりはまったく是もまた主婦のなさけで、
働いたその日の恩賞という一種の戯語としか考えられない。主婦の方で
もそう毎度相手と飲む酒盛りが家にあっても困るので、名義の穏当不穏
当などは問わず、一人で飲んでくれることを喜んだのであろう。こうい
う有難くもない名を附けられて苦笑しながらも、なお晩飯には一本つけ
て貰って、頭を叩いて飲んでいたというのも、結局は酒があまりにうま

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02月16日(金)
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