ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
[1058142hit]

■ プレイバック
んクラシックのオーケストラ番組は減っていく。テレビを、僕は長い間
懐疑的に見ていたが、現実を見ると、やはり今は大きな影響力を持って
いる。これを見のがして、だんだんオーケストラの番組がなくなるのは
残念だ。そこで読売交響楽団とかたらって、なんとかして番組を持ちた
い。テレビでもいいものを残していきたいということで、ポップスとい
うのは僕はきらいだが、またやってるのはポップスとは思わないが、ま
あ親しめる曲も入れて演奏をよくして、オーケストラ番組を残そう──
残そうという消極的な態度でなく──これをもととして発展させたいと
思ったわけです……作曲の仕事と直接には関係ないようだが、演奏とい
う面で分野がどんどん広がることが、ひいては大衆ともっと近よった形
で存在していけるんではないか、生まれてくるんではないか、と思うも
んだから、大変一生懸命やっています(笑い)。そしてなるべくポピュ
ラーのものの中に日本人のまじめな作品、過去から受け継いできた遺産
もありますよね、滝廉太郎とか山田耕筰、信時 潔……それから現在の
作曲家では 小倉朗、高田三郎もいますし、自作も含めてくり返して耳
に親しいものにしていく。
── (FM fan 1968・1・1 )
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 楽譜、その発見、初演、そして探求。
 
 J.M.コレドール《カザルスとの対話》
 
 ある日──そのとき私は13才だったが──偶然に一軒の店でバッハの
《六つの無伴奏組曲》をみつけた……私はそのときまで、だれ からも
この曲の話を聞かなかったし──私も、私の先生も──それがあること
すら知らなかった……それから夢中になってこの組曲を勉強しはじめた
が……公衆の面前で演奏してもよいという気になるまでには、それから
12年も研究をつづけなければならなかったのだ。私より以前には、ヴァ
イオリニストもセリストも、この大家中の大家であるバッハの組曲やソ
ナタを完全な形でひいたものはなかった。演奏家たちは普通、サラバン
ドとかガヴォットとかアルマンドとか、その一部分しか演奏しなかった
のだ。私の考えは、この作品を少しも省略しないで演奏することだった。
すなわちプレリュードと五つの舞曲──それぞれその時代の舞踊の名を
もつすぐれた作品──その全部を、繰り返しもともに、各部の緊密な連
絡や、内的な統一をあらわすように演奏したい、ということだった。
── (佐藤良雄訳・白水社1967再刊)
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 H.ジョルダン=モランジュ《ラヴェルと私たち》
 
 私たちはすっかりまいってしまった! 二つの楽器はあんなに相異な
るものであるのに、ラヴェルはその二つの音色の間のどんな小さな裂け
目も許してはくれなかった。そこで…口論になった!──だけど、それ
ではあんまりむずかし すぎますわ、と私はやり返した。あなたはチェ
ロでフリュートを吹かせ、ヴァイオリンに太鼓をやらそうとおっしゃい
ますもの! こんなにむずかしいことを書くのはさぞ面白いでしょう!
 だけど、わずかばかりの名人にしか弾いてもらえませんわ!
──それはけっこうだね。と、かれは笑いながら答えた。それなら私は
素人にめちゃめちゃにされないですむことになるから!
 ……ラヴェルが《ソナタ》を完成するのにかかった4年のあいだ、そ
の献呈については私にひと言も話さなかった。私たちのあいだではその
初演のことしか問題にならなかった。
《二重奏》のときと同じく、かれが私にその初演をさせることにしてい
たのは、私は知っていた。しかし、私がその被献呈者であることを聞く
という喜びを知ったのは、まったくの偶然であって、ある友人がそれを
教えてくれたからであった。……その上かれは私に手書きの原稿まで贈
呈してくれた……人びとから崇拝されている芸術家が手ずから書いた譜
面をじっと見つめていると、まことに感慨深いものがある。あの筋ばっ

[5]続きを読む

03月05日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る