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与太郎文庫
by 与太郎
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■ あとがきにかえて
私にとって2度目の出会いであったように今後その修正はもとより延長
拡大を期するにやぶさかではない。たえず仮説をたててその証明を図る
ことによって《現代の音楽環境》を確認すべきではなかろうか。
 
 6月24日、営業部長のアメリカ旅行出発は、七分どおり原稿も書き進
んでいたとはいえ、コミュニケーションの完成を奪うものだった。校了
の夜、ともに祝杯を挙げるべき相手は、そのむかし、彼の祖父が熱血を
そそいだオークランドの地から巻頭のメッセージを送ってきた。たった
半月の見聞にしろ、こんどは私の手に負えないスケールの、パイオニア
精神あふれる企画をひっさげて帰ってくることに期待する。
 
 6月30日、キング・レコードの紹介で、入洛中の評論家・志鳥栄八郎
氏と月刊誌《レコード芸術》の辻編集長との歓談は遅すぎた、と残念で
ならない。年表なんて、とんでもない事業だ、本来は国際的な規模でや
るべきものだ。となかばお叱りをうけた。あくまでも捨石、問題提起を
試みた次第、と弁解するうち最後にはしっかりやれと励まされたものの、
既にとりかえしもつかぬ。梅雨晴れの一夜、ひさびさの痛飲がこころよ
かった。
 
 お祝いのことばをいただいた評論家・小石忠男氏には特に年表の企画
をお賞め下さい、とあらかじめいったところ、原稿も見ないで書けとい
うのは、演奏会に行かずに批評を書くようなもの、と一喝された。恐縮
して原稿がほぼできてから、あらためてお願いに上ったところ、こんど
は御快諾のよし、しかるに日数がなく、氏のメッセージは編者の手をす
り抜けるように印刷所直行となるは必至である。
 実のところ十字屋楽器店に向けられた各界諸氏の御好意・御協力は、
私の当初の予想をはるかに上まわるものがあった。お祝いのことばも、
もっと多くの方がたにお願いすべきだった、と悔やまれる一方、十字屋
が総力あげてこれに応えていかねばならないことも痛感した。
 かくてこの記念誌は、70年前の創業日8月1日に完成のはこびとなっ
た。社員にあらず、広告代理店でもなく、個人の編集者として5ヶ月に
わたって出入りした私を、終始おだやかな信頼で見守り、迎えてくださ
った社長・専務・重役諸氏をはじめ、各種の打ち合わせにスムーズな処
置と便宜を図ってもらった大橋課長、そして電話のたびごとに「御苦労
さまです」といってくれた交換両嬢にいたるまで、すべての社員諸兄諸
姉に、あらためて感謝しながら次なる新しい波に期待する所以である。
     1968・7・7 阿波 雅敏
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(脚注)
 
…… あなたの本を読んで、私はいろいろなことを考えさせられました
が、ここにそれをいちいち書きつらねることは、たぶん適当ではありま
すまい。実際、それをやるとなれば、あなたは《会話についての会話》
という新しい章を設けなければならなくなるでしょうし、まったくきり
がありません。それで、結局、読んでどう感じるか、そしてなんと考え
るかは、読者にまかせたほうがよいと思うのです。私たちの会話にはな
んの底意もないのであって、これに註釈がましい文字をつけ加える必要
はまったくありません。
     〜 著者への手紙 19540428 〜 ── Corredor,Jose Maria
/佐藤 良雄・訳《カザルスとの対話 19670920 白水社》P007-8
 
…… 以前全音から同じような「弦楽技法」という本が出ていましたが
(続編もある。)/写真などほとんどないので見て面白い本ではありま
せんでした。
── 根津 昭義 http://www.path.ne.jp/~a-nezu/tubuyaki.98.08.html
 
 当初、記念誌の構想は《楽器図鑑》、いまでいうデータブックだった。
 最初の対話形式の本《弦楽技法》は紛失、著者・訳者不明のため約四
十年間“幻の本”となっていたが、N響ヴァイオリン奏者・根津昭義氏
のホームページ日記によれば、全音楽譜出版社とある。続編もあって、
面白くない(?)など、そぐわない点もあるが、N響事務長の小川 昂・

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07月07日(日)
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