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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 図書室便り 〜 読後感想文コンクール 〜
── 《図書室便り・第三号 19541006 同志社中学校図書委員会》
 
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 委員へ感謝一言                 高島 春江
 
 私は二三年図書部を離れていたが、今学年再びこの部に帰って来て、
委員達の仕事への意欲の盛んなのに驚いた。第一回の会合で、機関紙の
発行が議せられ、予算もないのに突進、しゃにむに五号まで出してしま
った。それも活版にする、写真を入れる、などの強い要望があったが、
私はかえってそれを押えて来た。原稿の相談も始め一・二号の間は受け
たが、あとはまかせきりであった。その間、部員は絶えず外部へ働きか
けることに気をくばり、座談会や読書会、感想文のコンクール等、次々
催して校内の読書の指導をもって任じ、その上毎日放課後は勿論、夏休
みまで閲覧者への奉仕は実に誠実に続けてくれた。しかしそれら他人へ
の奉仕は、即ちその人達自身の成長となった。私は、時間と労力を惜ま
ず働いたこれらの人々の、それ自身の成長のすばらしさに驚く。そして
欣びを禁じ得ない。今このすべての中心であった三年生の人達を送るに
あたって、一抹の淋しさを感じるが、しかしその将来を祈って別れよう。
そして私達も又新しい構想を練って、新学年度を迎えねばならない。
── 《図書室便り・第五号 19550316 同志社中学校図書委員会》
 
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 精神の危機        ジョン・スチュアート・ミル
 
── 今や私は、人間の教養の道具としての詩歌や芸術の重要性に就い
て、曾て私が読んだり聞いたりしてゐた意見に、漸く意義を見出し始め
たのである。尤も私自身の体験からこのことを悟り始めたのは、それか
ら可成り後の事であった。所謂芸術なるものの中で、私が子供の頃から
非常に面白く思ってゐたものは音楽だけであった。音楽の最良の効果は
(恐らくこの点に於て音楽は他の有らゆる芸術を凌ぐものであらうが)、
情熱を昂揚するにある。即ち既に人の性格の中に存在してゐる一種の高
貴なる感情を高い調子に昂揚するにある。そしてこの亢奮はその感情に
光輝と熱と与へる。成程その亢奮は最高潮時に於てこそ一時的ではある
が、他の時に於てもそれ等の感情を支持するものとしては実は極めて大
切なものである。かうした音楽の効果を私は度々経験した。併し快楽に
対する私の凡ての感受性と同じく、憂鬱時代の間はこの音楽に対する感
受性すらも停止されてゐた。従って私は幾度かこの音楽の方面から慰め
を求めようとしたのであるが、それは一切徒労に終った。併しその後、
潮の向きが変って、私が次第に回復に向ってからは、私は音楽の為めに
回復を促されることが多かったのである。尤もそれは昔よりも遥かに調
子の低いものであった。この頃私は初めてウェーベルのオーベロンを聴
いた。/その甘美なる旋律から受けた得も云はれぬ快感は、私が昔なが
らに感受し得る快楽の源泉を私に教へてくれたので、大に慰むる所があ
った。併し、音楽の快味は(それは音楽の快感の様な、単に音調のみの
快感に就いては全然真理であるが)慣れるに従って薄らぐものであるか
ら、間隔を置いて興味を新にするか、乃至は絶へず新奇なものを与へて
興味を養って行くかしなければならぬと考へて来ると、折角の効果も大
分損ぜられることになったのである。そして私の当時の精神状態と、そ
の年頃の私の心の全体の調子との特質を最もよく表はしてゐることは、
音の組み合はせは結局尽きて了ふことになりはしないかと考へて、本気
になって煩悶したことである。音階は唯だ五つの全音と、二つの半音と
から出来てゐる。そしてそれ等が組み合はされ得る方法の数には一定の
限度がある。而かも音楽美を有する組み合はせはその中の極小部分に過
ぎない。加之、その極小部分の大部分はもう今までに既に発見されたも
のに相違ない。さうなると今後モツァールトやウェーベルの様な名匠が
続々現はれて、彼等がこれまでやって来た様に、全然新しい、この上も

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10月06日(水)
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