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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 吉兆系図 〜 湯木家の人々 〜
開店の日(19301121)の客は0人、あるいは鯛茶漬一杯の売上だった。
築地・新喜楽(しんきらく)、銀座・金田中(かねたなか)とならぶ
大阪・吉兆(きっちょう)は、日本三大料亭の一と呼ばれる。
…… 開店したその日は、鯛茶一杯で85銭だけの売上だったそうですが、
次第に洒落た店だという評判が立ち、1、2ヶ月もしますと大勢のお客様
で賑わうようになったそうです。
この店のお客様には、品格のある美人画の上村松園先生、『茶杓300
選』を書かれた高原慶三様、アサヒビールの山本為三郎様、日商岩井の
高畑誠一様、美術商の児嶋嘉助様、花道去風流の西川一草亭様、陶芸家
の白井半七様がおられました。また、船場の旦那衆も多く、中でも横堀
の木材問屋泉平の北尾平兵衛様と堀江にあった質屋の福田平兵衛様は茶
の湯に造詣が深く、茶の心得なども教えて頂き、改めてお茶に目を開い
たことがあったそうです。
そうした方々のお陰で、店はいつも忙しいことになりましたが、義父
は「商売はお金より、よいお客様に恵まれることが大切や」と話してお
りました。
…… 暮らしの手帖社の故花森安治様が義父のことを「金太郎飴のよう
に、いつでもどこでも、料理の話しか出てこない」と書いておられます
が、本当にそうでしたね。
義父は、「工夫して心ととのふ己が手に 花鳥風月みな料理なり」の
和歌を残しています。
http://www.omotesenke.jp/chanoyu/7_1_8d.html
徳岡 孝二《花鳥風月みな料理なり》
── 湯木 貞一/花森 安治・挿画《吉兆味ばなし 一 198202‥ 暮らしの手帖社》
…… 「吉兆」には名付け親の須磨 対水(町絵師)さんが墨で書いた
「御鯛茶處(おんたいちゃどころ)」という看板が掲げられた。湯木は
開店の日を「十一月二十一日」とはっきり覚えていた。
── 《世界之名物 日本料理 〜 吉兆ヒストリー 〜 第一部 第三章》
http://www.kitcho.com/tokyo/histry-page/1bu4syo.html
…… 青山会は老師の発案により、貞一翁の意志・感性・茶心を後生に
伝えるために精進するよう、三代目の皆が一丸となり開いた会で、平成
元年から毎年一回、例外なく開催しております。
メンバーは、白吉兆翁の孫十人とその伴侶・子供です。
今回は数人の伴侶・子供と高麗橋店の湯木潤治夫妻、湯木康之夫妻が
多忙のため欠席しておりますが、青山会のカテゴリー別小委員会では、
楽しく丁々発止しているすばらしい仲間です。(徳岡 邦夫・記)
http://www.kitcho.com/kyoto/media/1999/zaikai-01.html
ゆかいな仲間
◇ 吉兆三代
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1195121755/
790 :余太郎:2007/11/16(金) 01:16:26 ID:gTbN3Eh90
863 :余太郎:2007/11/15(木) 12:03:44 ID:zHuakf2b0
二段論法の人々 〜 アナクロ & アナログ 〜
老舗一族の内紛(直系と傍系の勢力あらそい)にすぎない。
アルバイトをけしかけた方が、訴訟費用はもちろん、勝訴したあとで
幹部に昇進させるなど口約束をしている。
人前では仲良くしているが、たがいに陰口を云っている。
骨肉の争いは、しばしば配偶者同士のいがみあいが原因となる。
平時には仲良しのそぶりをするが、非常時には我がちになる。
華麗なる血族 〜 親子兄弟姉妹に配偶者が加わって利害が生じる 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19970407
吉兆系図 〜 湯木家の人々 〜
…… 細木数子の幸せレシピの時間です(略)今回は京都嵐山吉兆のご
主人から教わったレシピの紹介。その嵐山のレシピに、細木数子流ひと
工夫が加えられます。── 《幸せって何だっけ 20071102 フジテレビ》
http://siawaseresipi.livedoor.biz/
…… 比喩的に、物事を割り切らず、曖昧さを残しつつ理解する人のこ
とを「アナログ人間」と呼ぶ(略)対比として古い物=アナログという
表現がされることがあるが(略)正しくは「アナクロ(anachronism)」。
── (Wikipedia)
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04月07日(月)
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