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与太郎文庫
by 与太郎
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■ すれちがった人々 〜 炭屋の主客 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19970316
20050419 一周忌前日 〜 続・最期の謎 〜
一周忌前日(20050419)アクセス・ログよりキーワード「訃報」発見。
抜刷冊子《Awa Libtrary Report 20040322》の一ヶ月後だった。
《最期の謎 〜 ある時ふと、誰かのことを思いだす 〜 20050224》合掌。
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堀部公允さん78歳=炭屋旅館社長
堀部公允さん78歳(ほりべ・こういん=炭屋旅館社長、裏千家今日
庵老分)20日、多臓器不全のため死去。葬儀は23日午後2時、京都
市北区紫明通堀川東入の公益社北ブライトホール。自宅は同市中京区麩
屋町通三条下ル。喪主は妻恵美子(えみこ)さん。葬儀委員長は黒田正
名(くろだ・まさな)裏千家今日庵老分。《毎日新聞 20040421 11:34》
村田 武雄 音楽評論 19040930 東京 19970316 88 /《NHK音楽の泉》
堀部 公允 炭屋旅館 1925‥‥ 京都 20040420 78 /玉兎庵主人
出谷 啓 音楽評論 19400614 大阪 /《クラシック この演奏家を聴け!》
19970316 主題と変奏
鎌尾武男先生の授業(高校二年の音楽特論)は、シャンソンばかりで
はなかった。たとえば、変奏曲について──。
「変奏曲で始まる曲もあります。それは何という曲でしょう?」
教室を見わたすと、女生徒は下を向いているので与太郎が指名される。
「アワくん、どうかね」
「モーツァルトのピアノ・ソナタにあります」
「そう!」
得たりとばかりにうなずいた先生は、与太郎に向って焦点を絞りこむ。
「何調でしょう?」
「えーと、イ長調です」
「そう! アードゥアですね、さすがアワくんだ」
ここで少し教室がざわめく。
林 園子(粉川 園子)が、与太郎の肩をつっつく。
「ねぇねぇ、ケッヘル何番?」
「さぁて、何番目やったかな」
さすがの与太郎も、そこまでは答えられない。しかし、なぜかくまで
(聴いたことのない曲の様式まで)詳しいかといえば、つぎの書物を、
ことごとく諳んじていたからである。
── 第一楽章:主題と変奏曲(6)
177805‥-07‥ 作曲 モーツァルト《ピアノ・ソナタ K.331 イ長調》
── 村田 武雄《LP読本 195. 音楽之友社》絶版(書誌判明)
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JB4YIE
── 村田 武雄《LP読本 19550410 1956 第四版 修道社》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JAZ902
おまけに、各頁の余白に、名曲喫茶やラジオ放送で実際に聴いた日付
や、演奏者などのデータを、日記代わりに詳しく書きこんである。
(こういう蔵書を惜しげもなく捨ててしまうのが、青春だったのだ)
ここには約500曲ばかり掲載されていたと記憶する。
当時まだ《名曲解説全集 1962 音楽之友社》が出版されていなかった
ので、クラシックの名曲が、全体として何曲あるか分らない状態だった。
その著者が京都の炭屋旅館に逗留された折に“でーやん”こと出谷啓
くんに連れられて参上、与太郎はこう述べた。
「先生の《LP読本》は、バラバラになるほど愛読しました」
ちょっとしたお世辞だったが、当時の軽装本は、初期の“無線綴”で、
しばらくすると糊が利かなくなって、バラバラになったのである。
(ちなみに20世紀は接着剤の革命である)
先生は「それはどうも。こんど新しい本を出しましたから、そちらの
方も、ぜひよろしく」と如才なく云われた。堀内敬三なきあと君臨する
センセイが業界のピンなら、対する“でーやん”はキリだった。
後年、テレビの《刑事コロンボ》では、こんなセリフもあった。
「うちのカミさんは、先生のファンなんです。ほとんど読んでますよ」
「それはどうも」「もっぱら図書館でね」「……」
左党強固
このときの会席は、いくつかの点で、あまり愉快なものではなかった。
ひとつは、当時まだ十字屋の店員だった出谷くんが、いっぱし評論家
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03月16日(日)
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