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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 無人警察(1)
では、てんかんをもつ人々の事故率は健常者よりも低いという数字さえ
あるのです。この本の二三七ページにあります、
脳に外傷があるやつや、癲癇持ちが酔っ払った場合も危険である。も
うろうとしたままで夢中で暴れまわって、しかもあとでは何も覚えてい
ない。
という文章も、てんかんをもつ人々をひどく中傷している点では前に
劣らないものです。こんなことは、絶対にありえないことです。てんか
んであるということと酒乱であることは、医学的には何の関係もありま
せん(注2)。
「精神異常であって、入院の必要がある」ということが、ルポの結論
として出ていることからわかるように、『無人警察』における「発作を
おこさないのに病院に収容する」という問題の箇所は偶然の産物ではな
く、「事前にチェックできるのは、未来社会の設定だから」という覚書
の説明も単なる言い訳に過ぎないことは明らかです。
第三に、「てんかんが危険なのは自分がてんかんであることを知らな
い場合があるから」ということや、しかも「それは発作があれば、誰に
でもわかるが、一度も発作をおこしたことがない人もいる」からだ。
「てんかんであることを知っていて隠しているやつがいる」というに至
っては、てんかんに対する差別に凝り固まった言葉だとしかいいようが
ありません。発作がなければてんかんでないことを知らないのは当たり
前ですし、発作をおこしたこともないのに危険だとはどういうことなの
でしょうか。一度も発作をおこしたことがなければ、「てんかんでない」
はずです。
また、てんかんであることを隠している人間を「やつ」呼ばわりし、
非難する理由は何なのでしょうか。てんかんをもつ人々にもプライバシ
ーはあります。てんかんであることを、他人に告げる告げないは、相互
の信用関係を基盤に自由な意志に基づいて行うべきことであり、筒井氏
のような予断と偏見をもつものに告げる必要はどこにもありません。
また、隠しているといっても、その多くは隠そうとして隠しているの
ではなく、生活のためや環境に強いられて、そうしているだけなのです。
私のように、てんかんをもつ本人であることを名のることができるのは、
隠さなくても良いだけの環境と社会的立場があるからで、現在の日本で
は数少ない幸せな人間なのです。日本てんかん協会の運動の大きな目的
の一つは、すべての仲間が胸を張って生きられる社会を作ることなので
す。
二、この小説が書かれたときから約三十年になりますが、その当時とて
んかんを取り巻く情勢は大きく変わっています。てんかん医療そのもの
が飛躍的に発展し、複数の国立のてんかんセンターを中心にてんかん医
療のネットワーク化も進み、てんかん医療の条件は過去には見られない
ほど整えられています。その中で、てんかんは治る病気へと変わり、最
近の精神保健法改正を機会に政府もてんかんを一般疾病(医療)として
扱う方向に変わろうとしています。
筒井氏は「状況が改善されたとは聞いていない」といっていますが、
何が改善されていないというのでしょうか。昭和四十五年の自動車の所
帯別保有率が二二・一パーセントであったのに対し、平成四年には七八
・六パーセントになっています。しかし、交通事故死亡発生率は昭和四
十五年の人口十万人当たり二〇・五から平成四年には一一・八に減少し
ているのです(注3)。その中で、もしてんかんをもつ人々に関しての
み、改善がないとすると、交通事故のほとんど全部がてんかんをもつ人
々がおこしたものということになりかねませんが、そんなことがあり得
るでしようか。
社会におけるモータリゼーションの進展と、大衆交通機関の合理化と
統廃合の進む地方の都市農村では自動車は必須の交通手段であり、生活
の道具となっています。そうした中で、てんかんをもつ人々の免許取得
に関しても、「長年発作を見ない場合は、道路交通法にいうてんかん病
者に該当しない」という判決も出され、府県によっては公安委員会の扱
いにも変化が現れています。日本てんかん学会の調査では、てんかんを
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07月08日(木)
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