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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 六月十三日の死と愛
 女性を恣意的に若く伝える例は、処女説もあるという天才の夭折であ
る。
 樋口一葉( 18720502G 〜 18961123 ) は旧暦最後の明治五年三月二十
五日に生れたが、この年はグレゴリオ暦に移行するため十二月二日が年
末となった。このことから《大つごもり 1894 》を着想したものか、そ
れはさておくとして、生れた年の日数が二二七日しかないため「正月に
年をとる」風習は、年増になるほど面白くない。
 大晦日を二十三回しか過ぎていないから二十三才なのか、かりに満年
令としても、二十四才六ヵ月二十一日、正しくは数えて二十五才、二十
六才に三十八日たりない。
 ただし民法にも百四十三条の初日起算、百四十条に初日不算入とする
矛盾はある。「年令のとなえ方に関する法律 19500101 施行」の条文も
「数え年によって言い表わす従来のならわしを改め」「心がけなければ
ならない」が、政府の事務は「規定する期日よりも前から行なうことが
できる」と迫力に欠けるのも「旧民法 19021202 」をくりかえしたため
で、明治政府のもとでは「みんなが一斉に年をとる」ことで不平等にな
るほど、教育・保険・年金が普及した市民社会ではなかったのである。
「0才」の概念は、現代人にとっても困難なテーマである。
 数学ぎらいの読者のための古典的名著、吉田洋一《零の発見 19391127
岩波新書》によれば、九九九年に即位したローマ法王の数学上の著作に
は「いつもローマ数字が用いられていてインド数字は出て来ない」
「1から9までの数字を知っていたが零を知らなかった、あるいは知っ
ていたにしても零の価値をよく認識していなかった」という。数学こそ
「連続」への挑戦であり、「0時0分」や「紀元0年」も近世以降に登
場するのである。                   (19920223)
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── 《歴史研究 199206.. 新人物往来社》P052-053

06月13日(土)
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