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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 日本工房の人々 〜 すれちがった人々 〜
を撮り続けた、知られざるカメラマン・小柳次一。その波乱に満ちた人
生を、残された写真とともにたどる。
 日中戦争から太平洋戦争にかけて5000キロにわたって従軍し、「戦争
の現実」と「兵士の素顔」を記録した日本人カメラマンがいた。
 小柳次一 (1907-1994年)。戦意高揚の写真しか許されない時代に、
なぜこのような場面を撮影するようになったのか。戦後、自らの戦場で
の体験をどう伝えようとしていたのか。カメラマンの石川文洋さんが、
小柳と交際のあった兵士の遺族などを取材し、波乱に満ちた小柳の足跡
をたどる。出演=石川 文洋/森本 健成
http://tv.yahoo.co.jp/program/5782/?date=20081005&stime=2200&ch=de08
 
 ◇
 
 永遠の一瞬! 〜 写真家・木村伊兵衛の奇妙な五差路 〜
 
 「本郷森川町」は1953年4月7日に街角を撮影したモノクロ写真。五差
路に警察官や職人風の男性、赤ん坊を背負ったかっぽう着姿の女性ら12
人が写っている。スナップショットの達人ともいわれ、呼吸をするよう
に写真を撮り続けた伊兵衛。彼が切り取ったこの日常をとらえた1枚の
写真には、希代の写真家の神髄が隠されている。(語り:小林 薫)
── 《美の巨人たち 20051001(土)22:00〜22:30 テレビせとうち》
 
 12人の登場人物が、誰一人視線をあわせていない。しかるに、一人
の子供だけがカメラを見ていた。すなわち、そこに13人目の男が存在
していたはずなのだ。
 
 木村伊兵衛はライカA型に“エルマーの3半”こと Elmaer F3.5。
 中学三年生の与太郎も、同じレンズを常用していた。ただし本体は、
ライカVFではなく、ニコンの前身ニッカだった。
 
 木村 伊兵衛の戦後の作品数は、13万コマ。
 与太郎は約5万枚。→《麿たちのライカ》参照。
(この項、未完)
 
── 《世界写真全集〈第1巻〉フランス・イタリア 19560101 平凡社》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JB3C8M
 
(20081005)(20200513)
 

03月26日(水)
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