ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
[1062024hit]

■ わが経営を語る   山口 利昭
 そこで私は、つぎの問題点を印刷物にして解決を図りました。
  @赤字店舗を速やかに黒字にする。
  A難問の衣料部門を好転させる。
  B新入社員を募る。
  Cなるべく早く食料品に転化する。
 @については、9月に《ホームセンター》というコンセプトのもとに、
実験的な店舗を改装しました。
 Aは、流通経路の短縮による徹底したディスカウントを続けてみまし
たが、一向によくなりません。考え方が間違っとるんですね(3年間も
やってみてダメな場合は、根本的に考え方が誤っているようです。今で
はディスカウント方式は捨てました。
 これまでの方法は、労働生産性と小品回転率を上げることが目的でし
た。
 しかし労働生産性とは、人を減らせということで、回転率は売れ筋商
品にしぼって全体の数字を上げていただけです。その結果は、お客さん
の側からみると、ますます品ぞろえの悪い店に、みずからもっていった
のです。
 これが市村さんのいう“内部管理では企業は救われない”という考え
方に一致するわけです。
 そこで、人を増やそうじゃないか、在庫も積みあげようじゃないか、
健全在庫というのはアイテム数を増加しようということです。
 この方針で、年末には不振だった衣料部門が前年比15%の売上増にと
なりました。こうしたじつれいからも、考え方しだいで業績というもの
がコロコロ変化するものだ、ということを痛感したわけです。
 ことしの新入社員のための2泊3日の研修旅行では、中堅社員に指導
させることにしたのですが、はじめ「私ら何も知らないです」というの
を無理にやらせた結果、やがて彼ら自身の目の色が変ってきましたね。
 さらに私が要求したのは、社員の入れかえです。
 つい3日ほど前のことですが、かねて問題のあった社員に対して、退
職を迫ったところ、その男が泣いて謝まるんです。「とにかく、もう一
回わしを使うてみてくれ」という。 最近の社内の雰囲気が、いつの間
にかその男を変えていたんですね。
 兄は、衣料品出身ですから、食料品への転換は反対でした。衣料品だ
けでやってるところもあるんだから、これを続けようじゃないか、と云
いつづけていたのを、時間をかけて説得しました。
 
 ◆ 点と線の未来
 
 私の《中期経営計画》では、流通業界が将来どのように変化するか、
という観点から、つぎのように大別しています。
  昭和45年まで:衣料品の時代
    60年まで:食料品の時代
    65年まで:住環境の時代
 現在、食料品スーパーが全盛であるのに、なぜ50年代で終ってしまう
のか、と申しますと、その頃には全国くまなく征覇され、飽和状態にな
る、と思われるからです。大手の大型店を点展開とすれば、われわれの
クラスは線展開、コンビニエンス・ストアは面の展開(私流の表現です
が)となります。
 さらに、エンゲル係数は変らないけれど、48年からの傾向として、外
食部門が伸びつつあり、家庭内での食品マーケットはだんだん小さくな
るとともに、60年を転機として、65年にはスクラップ&ビルドの時代に
なると思われます。
 私どもが持てる資本と人材を、効率よく活かすためには、環境と時代
の変化に適応していかねばなりません。
 こうした考えから、先に述べたホームセンターは、60年代に耐えるた
めの実験店舗としての赤字店舗の試みでした。そして、9月に出店し、
10月には一挙に黒字になりました。 この《中期経営計画》を立てた5
月の時点で、食料品の出店を決定し、現在は地元との折衝に悩んでおり
ますけれども、赤字店舗はすでになくなりました。
 
 ◆ 追われる
 
 最後に、決算月も変更いたしました。それまで2月決算でしたが、待
ちきれなかったんです。ですから私の《中期経営計画》は1月からのも
ので、約60ページになりました。
 とにかく、これを作りたい、といった私が現在、それに追われている
次第です。短期・中期・長期のなかで、とくに中期計画に追われていま
す。

[5]続きを読む

03月24日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る