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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 柳田文庫 〜 木綿以前の事 〜
な社交の方式であり、したがってまたいろいろのむつかしい作法を必要
としていたのである。
婚礼とか旅立ち旅帰りの祝宴とかに、今でもまだ厳重にその古い作法
を守っている土地はいくらもある。我々の毎日の飲み方と最もちがう点
は、簡単にいうならば酒盃のうんと大きかったことである。その大盃が
三つ組五つ組になっていたのは・つまりはその一々の同じ盃(さかずき)
で、一座の人が順々に飲みまわすためで、三つ親の一巡が三献(さん
こん)、それを三回くり返すのが三三九度で、もとは決して夫婦の盃に
は限っていなかった。大きな一座になると盃のまわってくるのを待って
いるのが容易なことではない。最初は順流れまたは御通しとも称して、
正座から左右へ互いちがいに下って行き、後には登り盃とも上げ酌など
とも謂って、末座の人を始めにして、上へ向かってまわるようにして変
化を求めたが、いずれにしてもその大盃のくるまでの間、上戸は咽を鳴
らし唾を呑んで、待遠しがっていたことは同じである。この一定数の巡
盃が終ると、是でまず本式の酒盛りは完成したのであるが、弱い人なら
それで参ってしまうとともに、こんなことでは足りない人も中には居る。
それらの酒豪連をも十分に酔わせるために、後にはいろいろの習慣が始
まった。お肴(さかな)と称して歌をうたい舞を舞わせ、または意外な
引出物を贈ることを言明して、その昂奮によってもう一杯飲み乾させる
などということもあった。亭主方は勿論強いるのをもって款待の表示と
しておって、勧め方が下手だと客が不満を抱く。だから接伴役にはでき
るだけ大酒飲みが選抜せられ、彼らの技能が高く評価せられる。酒が強
くて話の面白い男が客の前へ出て、「おあえ」と称してそこにも変にも、
小規模な飲み食いが始まる。或いは客どうしで「せり盃(さかずき)」
などと称して、あなたが飲むなら私も飲むという申し合わせの競技をし
たり、または「かみなり盃」と謂ってどこに落ちるかわからぬという盃
を持ちまわって、その実予(かね)て知っている飲み手に持って行った
り、また或いは「思いざし」などと謂って、やや遠慮をしている人に飲
ませようとしたりした。酒宴の席の賑かなのを脇で聴いていると、大抵
はこんなつまらぬ押問答ばかりであった。しかしそうして見たところで
なお迷惑する人が、飲みたい方にもまた飲みたくない方の人にもできる
ので、これを今一段と自由にするために、いつの頃よりか「めいめい盃」
というものが発明せられた。是は一つずつ離したやや小さな塗盃(ぬり
さかずき)で、始めから客人の御膳(おぜん)ごとに附いている。これ
を用いるようになってから、組の大盃のまわってくるのを待たずに、向
こうもこちらも一度に飲むことがやっとできたのである。今日の小さな
白い瀬戸物のチョクなるものは、つまりこの「めいめい盃」のさらに進
化したもので、勿論二百年前の酒飲みたちの、夢にも想像しなかった便
利な器だが、一方そのために酒の飲み方が、非常に昔とちがった、だら
しのないものになった。酒を飲む者の目的または動機が、おそらくこの
陶器の酒盃の出現を境として、一変してしまったろうと思われる。徳利
(とつくり)は或いは独立して、酒を温める用途にもう少し早くから行
われていたかも知れぬが、少なくとも盃洗(はいせん)などというもの
はその前には有り得なかった。是で盃を濯(すす)ぐことをアラタメル
と謂ったのも、もとは別の盃にするという意味で、『金色夜叉』の赤樫
満枝という婦人などが、「改めてござい豊んよ」と謂って、盃を貫一に
さしたのを見ても判るように、本来は同じ盃の中のものを、分ち飲む方
が原則だったから改めなかった。それを今日は見事に飲み乾すのをアラ
タメルのだと思う者さえある。是ほどにもまず以前の仕来りを忘れてし
まっているのである。
四
支部の文人などには、独酌の趣を詠じた作品が古くからあったようだ
が、此方では今でも普通の人は酒に相手をほしがる。一人で飲むにも酌
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02月16日(金)
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