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与太郎文庫
by 与太郎
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■ レコード・サロン 〜 Paper Concert 〜
トロング(1900〜)です。彼がホット・ファイブをひきいて録音中、歌
詞カードがひらひらと飛んでしまったので、急遽ズビズビ、ドバドバな
どとやったのが史上はじめてだそうです。その歴史的なレコードもあり
ますが、ここでは3年前のサッチモが歌う、ディズニー映画《シンデレ
ラ姫〜ビビディ・バビディ・ブー》を、そのトランペットとともに楽し
みましょう。
アメリカ人のスイングルが、フランス人をひきいた合唱団、スイング
ル・シンガーズも欠かせません。フランス映画《男と女》で知られたダ
バダバ・コーラス、といえばおわかりでしょう。彼らは決して歌詞=こ
とばを口にしない、ふしぎな音楽集団ですが、まことに密度のたかい、
完成された技法をもっています。スペインの作曲家ロドリゴ(1902〜)
が、クラシック・ギターと管弦楽のために書いた《アランフェス協奏曲》
も、彼らは無言で歌いあげてしまいます。
これを鼻歌まがい、というならば、口笛もその延長線上にあるわけで
す。ペレス・プラード(1922?〜)の数あるヒットは、聴きてが思わず
口笛を吹いてしまうような、軽妙なセンスにあふれています。《口笛の
マンボ》も、そのひとつです。
無言の行、などといって、沈黙を守りつづけることは容易ではありま
せん。ついに文句が出る、というはずもないのですが、4年前来日した、
セロニアス・モンクの登場です。
曲は《ブルー・モンク》無口な奇行癖のジャズ・ピアニストが、日本
の聴衆を前に、意外なほど、たっぷりと華麗なサウンドをサービスして
います。
天才が、みずから創作の途上で、その美しさに打たれて、しばし絶句、
ついに完成しなかった、と伝えられる傑作、シューベルト(1797〜1828)
の《交響曲第8番:未完成》がフィナーレにふさわしいと思われます。
カラヤンとベルリン・フィルが正面きっての名曲名演奏です。
以下は、小林秀雄の評論《モオツアルト》からの自由な抽出です。
…… 美は人を沈黙させる、とはよく言われる事だが、すぐれた芸術作
品は、かならず言うに言われぬものを表現していて、これに対しては、
なすところを知らず、僕等はやむなく口をつぐむのである。この沈黙は、
空虚ではなく感動にみちているから、何かを語ろうとする衝動をおさえ
がたく、しかも口を開けば嘘になるという意識を眠らせてはならぬ。美
は、現実にある一つの抗しがたい力であって、ふつう一般に考えられて
いるよりも、実ははるかに美しくもなく、愉快でもないものである。
……
── 《レコード・サロン@ 19710427 Awa Library Report No.2》19710401
── 《黄色いリボン 195111‥ America》
── 《カーネギー・ホール 19520125 America》
── 《シンデレラ姫 〜 ビビディ・バビディ・ブー 19530313 America》スキャット
── 《真夏の夜のジャズ 19600819 America》
── 《サウンド・オブ・ミュージック 〜 ドレミの歌 19650626 America》
── 《男と女 19661015 France》
◆
19710610 レコード・サロンA 〜 Paper Concert 〜
前回は、サイレンスをテーマに、さまざまの領域にわたって、音楽に
おける沈黙・静止の意味を探ってみました。今回のテーマは、持続ある
いは反復です。
いかに美しい、すぐれたメロディであっても、一瞬のうちに過ぎ去っ
ていくのが、音楽の宿命です。しかし、美しいからといって、無造作に
くりかえすばかりでは、興味は半減しましょう。むしろ単純で、平凡な
素材を用いたために成功した、と思われる傑作が意外におおいことに気
づきます。
最近のテレビ番組《題名のない音楽会》でベートーヴェンの《運命》
を例に、かのタタタターンという動機が、いったい何百回用いられてい
るかと、いう公開実験をやっておりました。スコアをみて勘定すれば済
むものをこんな風に大がかりな演出をしなければ、現代の聴衆あるいは
観衆の興味をひかないのかもしれません。
最初の曲は、やはりバッハ(1685〜1750)がふさわしいようです。
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07月08日(木)
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