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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 編集帖
嘆息して“今日、ほんとうにわかる音楽といえば、せいぜいドビュッシ
ーあたりではないか、という人もいるが、案外そんなところでしょうね”
やがて“評論という立場は解説やら紹介と混同してはいけないし霊感が
なければ、本来人の心を打ちませんよ、すると小林秀雄などは偉い男で
すね”さらに、“われわれ戦前派は、召集におびえながら、レコードを
聴いていた時代が、たしかにあったし、モーツァルトなど時には恍惚状
態にひきこまれるんです”戦後派の筆者としては、“魔術的な時間とい
えるでしょうか”いささか自信なく、長居を辞したあとも、やや気がか
りとなった。さて戦中派・戦無派となるとどうなるのか。
 
 一年たつとどうなるのか。一年で10冊目の本誌は、企画にこと欠いた
わけでもないが、乱読のすすめ、創作テープのすすめ、いずれも一読お
すすめしたいもの。前者は、他にも推理小説とか、書簡集など拾えばい
くらでも集められるのではないか。後者は、前回に続いてテープとの厄
介な格斗をくどすぎるほど列挙し、それもこれも実は創作あるいは作曲
への足がかり、聴くこと演奏することの他にその可能性をテープ・ミュ
ージックに求めるもの。今日のフォーク・ブーム自作自演流行は、いう
ならばホット。クールな楽しみとして奥行きは深いはずである。
 
 一聴一席は後半、各国文化センター館長を巡訪。安部公房氏のいわく
“最近の若い世代にとっては、カフカがオーストラリア人であろうが、
エジプト人であろうが、そんなことは問題でなくなった”そうであるが、
だから日本人としての変身につながるか、どうか。たしかに感じたこと
は、日本語のもつ特殊性これを、いわゆる聞き書きにしてみると、かな
りニュアンスが移行する。かならずしも、音楽の話題ばかりでもなかっ
たが、その背景として、はじめにことばありき、ではある。
 
 さて、残された課題。日本の弦楽四重奏談シリーズは、N響弦楽四重
奏団の海野義雄氏はじめ機会あらばまとめたい。たとえば単に経歴を追
うにとどまらず、テクニカルな演奏論にたち入ることも重要であるが、
この方はいずれ専門家に依頼するなど、完璧を期したい。その前に、日
本の交響楽談シリーズを、ひ実現させたい。
 
 最後に、この一年の協力者群像。1〜4号までの表紙原画の亀田博之
氏、染色デザイナーでもあるが硬派の情念を秘めている。写真撮影では、
このところジナーに腰を落着けてしまった上野比佐諸氏、NHKで8年
もふりまわしている土村清治氏、印画仕上げには、最近独立した清水治
雄氏、それぞれ小冊子だに見せ場はかぎられたものの、原画で紹介した
い人ばかりである。              (1970・3・7/阿波) 
 
 ◆
 
 創刊号の《読み返した本》は、最初の編集後記にあたる。竹内康君が
“なんのことやらわからない”と評するので、中断していたが、終刊が
近づくころ、ふたたび復活している。
 本文は、わかりやすいものばかり掲載してあるので、編集後記は意味
不明のページでもいいのではないか(ファーブルも変則の章[10-P228]
を大きな?マークで結んでいる)。
 あらためて読み返すと、要するに“記号論”の領域に立ち入っている
らしい。
 いま文学作品を声にだして読む読者は存在しないが、音楽作品は、音
に出た結果だけが(演奏しない評論家と、楽譜をみない愛好家たちに)
論じられるのは、滑稽にみえる。
 楽譜は、それ自体が記号芸術なのである。
 この懐疑的な態度は、すこしづつ彼らの心から離れていく。もちろん
スポンサーとも。                (Day'19981215)


 亀田 博之 染色デザイン 1939‥‥ 京都 /表紙 No.1〜4/独立美術展〜ある少女
 上野 比佐緒 印刷・写真 194・‥‥ 京都 /サンヨー印刷紙工
 清水 治雄   写真印画 194・‥‥ 京都
 土村 清治   写真撮影 194・‥‥ 京都 /NHKカメラマン
 門脇 邦夫     通訳 19420223 京都 /北英会話教室主宰“一聴一席”

(2006/01/09)

03月07日(土)
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