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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 楽中楽外 〜 音楽家たちの夜と昼 〜
 チェロのストラーノ氏が、いちばん陽気にしゃべってはいるが、どう
も参考になる意見ではなさそうだ。むしろ超ミニたちが、結構話をつけ
て、一緒にゴーゴーを踊りだす始末。チェロのチェントゥリオーネ氏は、
タンバリンを打ちながら、ビートルズの音楽に合せてつい正式に踊って
しまう。
 もう一軒誘っても、迷惑そうでもなく、こんどはスナックの円卓をと
り囲む。考えれば彼らのレコードが、日本の、数年間の四季を通じての
ベスト・セラーであり、それぞれはたいへんな金持のはずであるが、さ
したる素振りもなく、ボスはおおむね無口で、ビールをスイッ・スイッ
と飲んでおり、ヴァイオリンのヴィカーリ氏は、塩昆布をつまんで“こ
れは海の草かな”とたよりない手つきでパクついている。ヴィオラのベ
ンニーチ氏に至っては、他の店から応援に駆けつけたホステスの和服の
八つ口に腕を通してみて、みんなに“おい、どうだ”と自慢している。
 当然ながら、ホステスたちは一行が何者であるかを知らない。“ねえ、
この蝶ネクタイでめかしこんだ人たち、いったい何屋さん?”と尋ねる
ので、イタリアから来たサーカスの団長と主なる猛獣使いの一行である、
と教えてやった。中川先生にそれを翻訳して貰うと“アクロバッティ?”
といっただけで動じない。つまりこの冗談、うけなかったわけだ。しか
し、ひとりとして退屈したようすもなく、夜もふけて、いよいよホテル
に帰るとなって力づよい握手とともに“グラツェ”を連発していたから、
案外に彼らにとって、この夜は参考になったのかもしれない。
 とりまとめていえば、演奏家たるもの一種の“時間芸術”に賭けてい
るわけで、こんな他愛もない時間といえども、実は眠ることと同じくら
い必要なのかもしれない。
 田村先生の、すべてのイタリア語を動員してのやりとりで彼らは、本
番前の8時間もの練習を常にして“同じように演ろうとしてもどこか変っ
てくる、解釈や意図の転化ではなく、それこそわれわれの音楽なのだ”
というようなことをいっていた。
 彼らがレコードと同じことを演るかどうか、息をのんで集まった当夜
の聴衆のひとりとして、あえてプログラムをかえりみるならば、《アイ
ネ・クライネ・ナハト・ムジーク》とか、アンコールでバッハの《アリ
ア》を、いとも音響的に整理する意図のうちに、あれかこれか、という
切りすての態度も評価せざるを得ない。逆に作曲家や聴衆は、常にあれ
もこれも、という願望が先立っているのかもしれない。そして、彼らが
どんなにレコードとちがったことを演ったとしても、やっぱり、レコー
ドは売れつづけるのではないか。
 
…… 宴会は早い目に、喧嘩は遅い目に。
http://blog.btrax.com/jp/2017/06/30/contact/
 米デザイン会社で実際に利用されている1ページだけの契約書
  |
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4140340452
── シェークスピア《ヘンリー四世 1597 England 198211‥ NHK》
https://twitter.com/awalibrary/status/881914103199023104
 
*こちら5人/あとの4対6は依然ことばが/一行11人
*今席のスポンサーT氏=田中 義雄*増田 勇三先生=忍&明の父
 Play Back《イ・ムジチ合奏団 196911‥ 京都公演》Photo by Awa ?
 
 バイオリン教室を主宰する増田先生に「アンコールは何でした?」と
問われたので「バッハのアリアでした」と答えると「なにか印象に残る
ようなことは?」「?」
「コントラバスの木目が綺麗でしたね」「ほかには?」「ステージ中央
に一つ、左右に一つづつ照明がありましてね、つまりそのハゲ頭が都合
よく配置されてましたね」
 にこりともしないで立ち去った先生の姿は、レストランにあらわれた。
数人のメンバーに楽器を見せてもらうのが、いつものことらしい。
 あとで気づいたことだが、先生は演奏会そのものは聴いていなかった
のだ。だからアンコールの曲名を知る必要があったのだ。
 
‥‥ 約一ヶ月の滞在期間は短いものでしたが、変化に富んだ旅をする

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11月22日(土)
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