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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 一聴一席C清水焼・開窯200年 六世・清水 六兵衛 師をたずねて
── お抹茶の粉を作るよりもたいへんなようですね(笑)もともと
京焼では《茶碗》というように 一般の日用品であるところのものは
たとえば《メシ茶碗》という風に面倒な呼び方をしなければならない
つまりは茶道と切っても切れない関係があったわけですね
清水 日用品も決して少なくはなかったのですが だんだん人家が建つ
にしたがって 土が少なくなった というよりも手に入らなくなった
のでしょうね そこで京焼としては量をたくさん作ることができないの
で 一品一品の芸術的な価値を重んずるようになったのではありませんか
── 量産については 二通りの考え方ができると思われます 一方は
すぐれた芸術作品の いわば複製品として もう一方は 最初から量産
のための作品をつくるというふうに
清水 私の場合は 二刀流を使っているわけですね 私のデザインした
ものを さらに美しく一般向きに修正して 工人たちの手でいくつも
つくっていく この方は株式組織で《清六陶苑》の仕事にして 私個人
の作品とは区別しているのです
── そうした区別は 先生の時代になって始められたのですか
清水 そうです それまでは ごっちゃでしたな(笑)
── 仁清・乾山の作品にも 他人の器に餌付けだけしたものとか
いろいろあるらしいですね いわゆる骨董マニアという人たちについて
は どのようにお考えですか
清水 やはり古いものにかたよっているのではないですか もうすこし
現代的な評価を重んじていいし いつまでも仁清・乾山でもないと思い
ますがね わたしは《不易流行》ということを いつもいうのですが
ただただ現代的な流行だけを追うのはいけないけれども その時代にし
か作れないで しかも永遠性のあるという現代性 それが望ましいですね
── ひとりの芸術家について しばしば作風の変化が論じられますが
先生の場合には ご自身で実感されることもおありですか
清水 私が六兵衛を襲名する前は 正太郎といったのですが そのころ
正太郎の作品はバタくさい とよくいわれたものですよ 今でいえば
前衛的とでもいうのでしょうかね
── 当時は バタくさいという表現が流行したそうですがね(笑)
奇抜な試みをいろいろなさったのですか
清水 そうですね たとえば マルと三角と四角を並べて煙草セットを
こしらえたり 花瓶の把手に裸婦をつけてみたり 電気スタンドのよう
なものをひねってみたり それで当時は珍らしかったんですね 今考え
ると あほらしい いやなものも作っていた(笑)
── そうした新しさの追求は 円熟とともに だんだん内側に向って
の もっと激しい燃焼となるのでしょうね
清水 古いものを失うな というのが伝統工芸の立場ですね 私のよう
に 現代工芸の立場をとるものは 古いものを忘れはしないけれども
その中で足踏みしておらずに 古いものから一歩出て 現代的な創造に
向かうというのが念願です 茶碗ひとつにしても いつもいつも四畳半
向きのものでなく 近代的なイス・テーブルにふさわしい茶碗なども
考えるわけです
── 昭和31年 京都・パリが姉妹都市になった時 記念交歓展に出品
されましたが その作品については 国際的な普遍性といったことにつ
いていくぶん考慮されたのですか あるいは純粋に《かたち》として
訴えられたのでしょうか
清水 そうです かたちとしてね 外国人が茶道のきまりを仮に理解
していても いずれは奇異なものに映っているでしょうね そういえば
27年に ピアニストのコルトー氏が訪れたときに 客間に飾っておいた
茶碗が気に入ったとみえて これをゆずってくれ というのです これ
は茶碗だから 高いですよ(笑)何に使うのですか と尋ねたら 彼
いわく 眺めてみたり花を活けてみたい というのです そういう自由
な鑑賞の方法もあるわけですね (1969・6・26/六兵衛窯にて)
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── 清水六兵衛(3代)/幕末明治期の京焼の陶工。清水六兵衛家は
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06月26日(木)
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