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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 秋の夜の感傷 〜 続・虫のいろいろ 〜
るに、ここに原始人がついに火を発明し、現代人はさらに電灯まで発明
した。昔のままの本能を維持するより外のことを知らぬ昆虫や蛾は、往
古の太陽の光と同じように輝く火なり、電灯に集まり焼け死ぬのである。
人間が戦争の声を耳にすれば、きそって敵に向かう心をふるい起こす
のは、このあわれな夏の虫が灯火なり誘蛾電灯で焼け死ぬのと同一原理
によるものだと生物学者は説いた。カイゼル・ウィルヘルムはこんなこ
とを説かれてはわが軍の士気にかかわるとて、直ちに学者を逮捕し、投
獄した。(196703‥ 読売新聞社)
── 清瀬 一郎《秘録東京裁判 19860710 中公文庫》P213-214
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終着駅 高島 春江
新聞部長から原稿を頼まれたのは、まだ五月雨の頃で、私は水の清い
「我が里」の風景を書いて「今流れに飛びかう蛍が美しい。」と結んだ
が、夏が過ぎて秋になった。季節のずれを嫌ってその原稿を「風すぎて」
という一聯の短歌ととりかえた。風とは勿論台風のことで、風のあとの
静けさの中に、夏から咲きついだ空色の朝顔が、小さくくさむらのそこ、
ここに咲いているのを詠んだりした。然し、今はもう晩秋である。庭に
は菊が咲き乱れている。それなのに、新聞はまだ出ない。私はわが歌を
季節はずれの「すまじきもの」に入れたくないので、三度目の原稿を書
こうと思う。
私はいつか子供達と映画をみにいって、偶然「終着駅」と云うのをみ
た。ローマ駅での一つの出来事で、退屈もしなかったが、さして感動も
しなかった。けれども「終着駅」と云う題は妙に私の心にひっかかって、
忘れられなかった。その後、省線電車にのる度に「この電車の終着駅は
○○で……」と云う車掌の言葉にも一寸心の動くのを覚える。
終着駅!! これはおもしろいと思う。逢えば別離があり、生あれば死
あり、始めあれば終りあると云う無常くさい意味で面白がるのではない
が、とにかく自分の周囲の諸行、くさぐさの事柄についてその終着駅を
考えるのは面白い。
私はいくつかの友情の終着駅を或いはなつかしく、或いは淋しく思い
だすのである。そしてその愛情を全うすることのむずかしさを思う。
あなた方にも、この中学校を巣立ってゆく日が必ずあるのである。満
足と悦びをもってその日を迎え得るよう、やはり考えなければならない
ことではなかろうか。
「神よ、あなたに仕えた私をあまり不満に思ってはいられますまいか。
ほんの少しのことしかできませんでした。そして、もうこれ以上はでき
ないのです……。私は戦いました。苦しみました。迷いました。作りま
した。父なるあなたの腕の中で息をつかせて下さい。またいつか、新し
い戦いのために私はよみがえるでしょう」これはロマン・ロランの作品
ジャン・クリストフの臨終の言葉である。音楽の天才ジャン・クリスト
フの生涯は全く苦悶と闘争の連続であったが、その終着駅は実に美しい、
調和そのものであった。昼と夜とは微笑し、愛と憎とは一体となり、生
に栄えあれ!死に栄えあれ!と凡べてを祝福し得て、もはや彼の心を乱
す何ものもなかったのである。その終着駅は又、歓喜そのものであった。
「門が開いた。……私が捜していた諧和音はこれだ。……しかしこれが
究極ではない!まだ新しいたくさんの空間がある……あすになったらも
っと先へ進もう」全生涯を通じて仕えようと努めた神の至高の平和の中
へ没入して消えることの歓喜!彼はこのすばらしい歓喜を最後の時に持
ったのである。(了)
私は疎開地で毎日眺めた、美しい瀬戸内海の入日を思い出す。
──《同志社中学生新聞・第十六号 19541122 》
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http://d.hatena.ne.jp/adlib/19530716
転才 〜 くもとハチのはなし 〜
http://q.hatena.ne.jp/1164333882
ここに述べられた、ドイツの生物学者の名を教えてください。
(20060109-1124-20080703)
11月23日(火)
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