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Kenの日記
by Ken
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■清水へ
世界アマチュアオーケストラフェスティヴァルに参加するムンバイ(BCO)のジニー先生、コロンボ(SOSL)のドュッシー先生、BCOのビオラのシャロム君が来日しました。3人は15日の午後のキャセイ便で成田の到着したので、私と妻が成田で迎えてそのまま私の車で清水に向かいました。私達夫婦は15日清水で宿泊して16日の午後に清水から自宅に戻りました。19日のコンサート終了後3人を成田まで送るためにもう一度清水に向かいます。今回アテンドの半分が終了したのですが、幾つか記憶に残る経験がありましたので、順不同で記載しておきます。
15日午後3時過ぎの成田空港第二空港ビルの到着ロビーにはテレビカメラと大勢の報道陣・出迎の人が混雑していました。ロンドンオリンピックの選手は14日に帰国しているはずなので、だれか有名人の帰国かなと思っていたが、背が高くがっしりした人が出てきました。ハンマー投げの「室伏選手」でした。貫禄がありますね。
予想外に遠かった清水。さいたまから成田に行きそこから一気に清水まで走りましたが結構疲れました。午後4時30分ごろ成田を出発し、8時には清水インターから出ていました。ホテルを探すのに少し手間取りましたが、4時間かからずにホテルに到着しました。3ナンバーとは言え後ろに3人座りは少し厳しかったようです。シャロム君が痩せていたのでそれでもラッキーでした。
ジニー先生は18歳でロンドンに留学して7年間ロンドンで音楽を学んだのだそうです。そしてその後帰国してBCO(ボンベイ室内管弦楽団)を創立し、そのBCOが今年50周年を迎えたのでした。そうすると単純に一番若い年齢を考えると今年75歳になります。さすがに食べる食事の量は少ないですが、非常にお元気で活動的です。50年前のインドの音楽活動は全く想像ができません。その使命感、音楽への深い愛情、そして何事にも挫けないポジティブな考え方には脱帽です。
ドュッシー先生とシャロム君が3G携帯電話を持ってきたので、日本で電波を拾うことはできました。彼等の本国でのキャリアの指定でしょうが、日本ではソフトバンクを選択していました。ところがソフトバンク経由の日本発国際電話設定に手間取りました。「010」を頭に着ければよいはずだと思っていましたが、何度やってもだめ。「+」をつけたら通じました。どうしてこうなるのでしょう。
ジニー先生、ドュッシー先生、シャロム君と清水で遅い夕食を食べました。ホテル近くには飲み屋が沢山あるのですがレストランは限られています。悩んだ挙句に駅前の中華レストランに入りました。そこで食材制限を3人に聞いたのですが、ジニー先生はチキンだけOK。魚もだめ。スープは基本的にベジ(卵はOK)。ドッシュー先生は魚はだめで「海老」はOK、蟹はだめ、冷水はだめ。シャロム君は海老OK、海老だめでした。仕方が無いので海老チャーハンを中心に、蒸し鶏、野菜のみの野菜炒め、コーンスープを食べて貰いました。南アジアの方は「インド料理店」がベストです。
私達の想定をはるかに超えていましたが、ドッシュー先生が時刻を日本時間に修正するのを忘れていて、16日朝の待ち合わせの時間にロビーに下りてきませんでした。ドッシュー先生は「コロンボ→ムンバイ→香港→成田」という移動でそれも殆ど夜の飛行だったので、時刻感覚がめちゃくちゃになっていたみたいです。身体をこわさなければ良いのですが。
08月16日(木)
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