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Kenの日記
by Ken
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■残念「孫文100年先を見る男」ツアー中止
9月から「孫文 100年先を見る男」が上映されています。これに併せて以下のような映画鑑賞とセットのツアーが企画されていました。10月になったらこのツアーに応募して、孫文ゆかりの場所を訪問しようと考えていたのですが残念ながらツアーが中止になってしまいました。

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日本での9年間の亡命生活のうち5年間を横浜に滞在した孫文。孫文ゆかりの地として7箇所が知られています。これら7箇所をガイドによる解説付きで巡り、廣東飯店でランチタイム、横浜シネマリンに移動して「孫文・100年先を見る男」を鑑賞するツアーです。

【開催予定日】
9月5日(土)、9月12日(土)、9月19日(土)、9月26日(土)
(10月分は都合により中止となりました。ご了承いただきます様お願い申し上げます。)

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横浜中華街の孫文ゆかりの7箇所は以下の場所のようです。

1.キングセール商会(横浜市中区山下町53番) 
孫文が1895年に初めて日本へ亡命した折に滞在した。ここで興中会横浜支部が結成された。

2.陳少白宅(横浜市中区山下町119番) 
1987年8月16日、横浜へ到着した孫文は陳少白(日本名・服部次郎)宅に住み込み、ここで9月初旬宮崎滔天と初めて出会った。

3.温丙臣宅(横浜市中区山下町121番) 
1898年8月29日、孫文はレンガ造り西洋館の温丙臣宅へ転居した。ここへは、東京から犬養毅、頭山満、山田純三郎らが訪れている。

4.大同学校(横浜市中区山下町140番) 
1897年、興中会横浜支部長の馮鏡如ら横浜華僑は、子弟教育のために学校設立を孫文に依頼した。孫文は「中西学校」を創立したが、康有為によって1899年「大同学校」と改められた。後に山手町へ移り「横浜山手中華学校」となる。

5.横浜中華学院(横浜市中区山下町142番)
孫文が提唱し、梁啓超が掌った学校として、孫文の意志を受け継いだ教育機関とされている。孫文の胸像が建てられている。

6.中山記念堂(横浜市中区山下町166番)
広東幇(バン)の事務所が置かれた場所。幇とは郷里を同じくする者同士の団体。孫文は広東出身なので、そのつながりで滞在していたらしい。

7.旧和親劇場跡(横浜市中区山下町97番)
1925年3月12日、孫文の北京での病死を受け、同年4月12日、孫文の追悼会が開催された。


最近「孫文」にはまっています。地図を頼りに一人で巡って見ようかと思っています。


10月10日(土)
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