ID:7590
Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
[849245hit]
■台所 玉ねぎ 奥沢
できればあと2年、 24年くらいまでにあがた森魚の 原型を出し尽くしてみたいと
夜は、自由が丘を四角く一周せり夕刻、ハイセンスなお店多数、めまい、
台所 玉ねぎ
奥沢に来たのだ、完ペキ自然食系のお弁当惣菜屋さん、テイクアウトお弁当、こういうのを食べられたら悟りがひらけるなり、お、知性派スレンダー女子なりー、クルマ横付けで買えるお弁当屋さん、世田谷たがやせ、
インプロヴィゼーションによる製品は消費の中で生き残
れない。インプロヴィゼーションには、演者と観客の間に おける物理的接触ともいえるコミュニケーションの瞬間が 必要なのだ。 この瞬間の向こうには何も残っていないのだ。 時を先延ばしにする科学は流刑者となる。 インプロヴィゼ ーション・ミュージックは、カフェでのおしゃべり、 アカアシシ ギや愛の親密さ、またはバリケードの構造となんら変わり はないのだ。インプロヴィゼーションにおいては、しかしな がら、形が作られる。 案を廃止すると、否が応にも即興で 何か発明し、堆積された知識の修正をしなければならなく なる。 個々の記憶は、 それを取り巻き、 そして突然に生まれ、 それと同時に消えゆく社会をつなぎ合わせようとする。こ の行為により市場は持続し、 市場はインプロヴィゼーショ コンとの境界と接しようとする。 そこはたぶん、 異なる社会的 つながり(前座のショウ、門番、町はずれのバー、 旅芸人 の集まる広場、革命など) の記憶が生き残る場所である。
対訳 市原若子
10月28日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る