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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■レヴィストロースさん、まじかる、著書のどこを読めばよいのか、
常務より音源520ファイルと三善晃『海の日記帳』楽譜(音楽之友社1982/1991-12刷)いただく、
楽譜を見ながら聴くように、指令、
あがた森魚るびぃわんだぁるびぃ2022を聴いている、
母方の実家の屋根裏部屋に「森魚」という名前がわら半紙に書かれていたのを見た、そういう名前のひとがいるのだなと思った、読めない漢字もあったから小学生低学年であったように思う、
そこらへんを検証してみると、あがた森魚はまだデビューしていなかった可能性があるんだ、どういうことだろう、
れこおど研究会をあがた森魚コンプリートおおしまくんと創立して、珍屋とプー横丁のお店通い、永遠の遠国の発表を待っている時期、池袋サンシャインのプラネットアーベントへは毎年通うようになった、
京都のリピダル好きのイタマキさんに編集カセットを作ってもらうと、あがた森魚「エアプレイン」とか高橋悠治の毛沢東なんたらかんたらという曲が入っている、高橋悠治と三宅榛名の定期コンサートが新宿でやっていたので出かける、
あがた森魚が幻視する”永遠の遠国”とは、真夜中に船で出航するような沈黙、ロマン、戦後の北朝鮮帰還運動の史実を知るに、夢見たのは
あかるいくらい(Umbralucent)
浮(Buoy)
2022
https://sweetdreamspress.bandcamp.com/album/umbralucent
水道端図書館でいいCDめっけ、素手で楽器を奏でている行為こそ、が、音楽だ、と、言いたくなる、
レヴィストロースさん、まじかる、著書のどこを読めばよいのか、
https://youtu.be/zeh-ZxErUoo
梅雨らしくなれよいいかげんと昨日電話しといた、6月4日アジサイ線香花火イントロみたいな美しさに思わず写メしてた、散歩で草花にときめくようになったかよ、じい、千駄ヶ谷ホープ軒ねぎラーメン1100値上がってるナ、かまうもんかニンニクそんで仕上げに酢かます、翌朝に3年間の霧が晴れるような身体、あれれっ、うつだったんじゃね???、
今朝のクラシックカフェはメンデルスゾーンの合唱曲、やらかくてほのぼの系、
ライラメイズのソロ2000聴くずら、2000年というとマシューシップ株高キクチマサブミぞっこん期なのでタワレコの視聴機でこらアカン勘違い甚だし!怒と判定してたわよ、確かに人気絶頂期にこの冒険を世に問うたのだ、Solo Improvisations For Expanded Piano ウィチタの向こうへ、と副題付けとけばよかったのに、今こそワタシの琴線に触れる、この先になにがあるのかと山河を見つめる、不自由だったのはワタシのほうだ、
例えば河上徹太郎のこのような言葉に、一九七九年、大学二年生だった私は反応した。
歴史というのは、人間のそばに流れているもので、これは人間に作れるようなものじゃない。
歴史って怖いものだ。人間のそばに悠々と流れてはいるが、それで必ずしも歴史が人間を 作るとも言えないんだ。人間と関係なく生きている。
ヴァレリーの逆説だが、つまり歴史というものは、そんなところに淀んでいるもんじゃな いんだ、別に流れているんだよ、人間とは別にね。怖いものだが、決して美しいものではない。
ヴァレリーは地中海生まれだろう、生粋の地中海の子だからね、それで、歴史は地中海で、 海だって言ってしまうんだ。いきなり......。 彼は言うのだ。近頃の歴史家は海じゃなく、海 の泡沫ばかり見ている、と。つまり、歴史的事実を重んじて、歴史の生命を見ない。
当り前と言えば当り前の言葉である。 しかも、たぶん年齢のせいもあって、河上徹太郎は同じ内容のことを繰り返し語っている
同時代も歴史である 一九七九年問題
坪内祐三
文春新書2006
去年1年間に全国の警察に届け出のあった認知症の行方不明者はおよそ1万8700人で、統計を取り始めた2012年以降、この10年間でほぼ倍増していることが警察庁のまとめで分かりました。
06月22日(木)
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